05.06
Wed
人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの (角川EPUB選書)
松尾 豊 http://www.amazon.co.jp/dp/4040800206
日本のAI研究の中心的人物の一人である、東大の松尾豊氏による啓蒙書。今のAIブームの実像と、AIがもたらす将来像について、AI研究の当事者の視点で書かれている。昨今AIについて盛んに言われていることの中には、本質的なものとそうでないものが混在しているが、今回の「第3次AIブーム」の本質と言えるのは、「ディープラーニングが可能にした特徴表現学習」であり、それ以上でも以下でもない、というのがこの本の主なメッセージになっている。学習機械に読み込ませるデータの「特徴量」の選択はこれまで人間の勘と経験で行われてきたが、ディープラーニングはそれを自動化し、そのことがAI技術が利用を大きく広げる可能性がある。未来はどうなるか。SF映画に出てくるような「欲望を持ったAIが暴走する」未来が実現する可能性は非常に低い。一方、「AIが人間の仕事を奪う」については、著者は多分そうなるだろうと言い、具体的にAI技術がいつ頃どの分野に適用されるのかについての見通しを示している(ただ、それは悲観的になるべきことではなく、AI技術は積極的に活用していくべきだ、というのが著者の立場)。
本書に書かれていることは、とても控えめで常識的に思える。しかし、最近のセンセーショナルな言説に慣れてしまった身からすると、それが逆に新鮮に聞こえ、だからこそ貴重な本になっている。「第2次AIブーム」が終わりかけた頃の「AI冬の時代」に研究人生を始めた著者は、「春の時代を喜ばしいと思うと同時に、期待が加熱することを恐れている」という。また、そのために、社会に対する「適切な期待値コントロール」が必要だと思うと。その役割を十全に果たしていると思われる一冊。
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職業としての「編集者」 片山一行
http://www.amazon.co.jp/dp/4908110018
ビジネス書の名物編集者として知られる(らしい)著者が、ビジネス書編集のハウツーと、編集職についての自身の哲学を語った本。実用書作りのプロだけあって、この本自体「買って読んで良かった」感を大いに得られる本だった。
まず、編集の仕事で実践してみたいと思えることがたくさん書いてあった(「『発注する』という言い方をやめる」「『著者略歴』ではなく『著者紹介』にする」「『前書き』の内容にはとことんこだわる」などなど)。編集者にとっては有り難いハウツー本になっている。
また、実用書についての見方を変えさせる本でもあった。いわゆる「ビジネス書」を含む「実用書」は、本の中では軽くみられがちなジャンルだと思う。しかし、著者も「ビジネス書の編集ができれば、だいたいどの分野の編集も出来る」というように、「本を作る」側からすると、一番難しく、チャレンジングなのは実用書なのだ。企画時の目の付け所、原稿を分かりやすく整える文章力、効果的なコピーライティング、図解力、本のプロモーションなど、すべての面で力量を試される。そして、一番大事(だと私が感じたのは)「読者にとって、本当に役に立つ本を作っているんだ」という気持ちで本を作ること(それがないと、長期的に売れる本には絶対ならない!)。やっぱりそうですよね!と思ってしまった。
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角川インターネット講座 (6) ユーザーがつくる知のかたち 集合知の深化 西垣 通
http://www.amazon.co.jp/dp/4046538864
西垣通氏、ドミニク・チェン氏、平野啓一郎氏など、多彩な執筆陣による論考集。一応、「インターネットが可能にする集合知のありかた」が共通テーマになっているようなのだが、内容的に一貫したものがあるのかどうかはよくわからなかった。ただ、各論考は個性的で面白かった。とくに「ソーシャルネットワークが人の心をどう変えるか」をテーマにした平野論文が興味深かった。漠然とした印象だが、「情報の哲学」がこれから重要になってくるような気がした。
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The Fourth Revolution: How the Infosphere is Reshaping Human Reality Luciano Floridi
http://www.amazon.co.jp/dp/B00KB1BRSM
「情報の哲学」をキーワードに検索してみて、出てきたのが著者Floridi氏だったので、近著The Fourth Revolutionを読んでみた。第4の革命というのは、情報通信技術(ICT)のことで、著書はこれをコペルニクスの地動説・ダーウィンの進化論・フロイトの心理学に続く人間理解の大変化として位置づけている。前の三つの革命は、それぞれ人間の自己意識を何らかのかたちで相対化してきたのと同様に、第4の革命は人間を情報圏(infosphere)に生きる1エージェントとしてとらえなすことを迫る。それに従って、現代の哲学もICTの存在をふまえたものに変えなければいけない。理念的な話が多くて、今一つピンとこなかった。もう少し具体的な内容の本があれば読んでみたい。
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日本語の科学が世界を変える (筑摩選書) 松尾 義之
http://www.amazon.co.jp/dp/4480016139
「日本語で科学することに積極的な意味があるか?」というのは、理工学書の出版に関わる身としては、大変気になる問題だ。本書のタイトルが示す通り、著者は「ある」という。どんな論拠が示されるのだろう、と思ってかなり楽しみにして読んだのだが、実際にはそれほど説得力のある議論がなされてように思えず、少し残念だった。中間子を発見した湯川秀樹、進化の中立説を唱えた木村資生などの例を挙げ、彼らは日本語で考えたからこそ、そのような独特な発想に至ることができたのだという持論を展開している。だが、著者自身「仮説だ」「直観だ」と言っているように、それらの証拠は示されておらず、言語学的・心理学的な議論もない。そういうものを期待してしまう自分としてはもの足りなさを感じてしまった。(その意味では、「日本語」ではなく『日本の科学が世界を変える』という書名なら違和感なく読めたかもしれない。) 一方、著者は科学雑誌の編集などに長く携わってきた人であり、会ってきた研究者の数が桁違いだし、深い洞察をお持ちだと思うので、そういう人の考えを知ることは有意義だとは思った。
蛇足となるが、冒頭の「日本語で科学することに積極的な意味があるか?」という疑問に対しては、個人的胃は「日本語が科学をするのに特に優れているとは思えないが、言語の多様性が科学にメリットになることはありそう」くらいに思う。
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永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04) 白井 聡
http://www.amazon.co.jp/dp/4778313593
憲法記念日に読んでみた。
前からの素朴な疑問として、「なぜ日本ではいつまでも戦争の話が終わらないのか」(それも、単に「悲惨なことを繰り返してはいけない」ということだけじゃなく、「歴史認識」や「靖国参拝」みたいなことが問題になり続けるのだろうか?)を不思議に思っていた。でも、敢えて知ろうとしてこなかった。
本書を読んで、ことの本質がかなり分かったような気になった。日本人や日本を構成している人々の多くは、心の中で「戦争に負けた」という認識をもっていない(むしろ、地震などの天災に見舞われたのと同じように思っている)こと。そのことで、いつまでも「戦後が終わらない」こと。そのために、「日本が主体的に何かを世界の中でする」という発想が持てないということ。だから、多くのことがアメリカとの間の密約で決まっていたとしても、多くの日本人は「やっぱりそうか」という以外の感想を持たないこと。一面的なのかもしれないが、腑に落ちる説明だった。
正直、本書を読んだ上でも「日本がこれからどうするか」というようなことにあまり関心が持てない。それでも、この本を読んでよかったとのは、自分個人の中にもきっと「永続敗戦」のメンタリティがあって、それにあらかじめ気づくことは大事かもしれないと思ったから。たとえば、外国人と話すときに、戦争とか紛争とかの話題になったとして、そういうときに、国際情勢とは関係ないニュートラルな存在としてどこか「日本人である自分」を捉えてはいないだろうか? そんな気分で居続けて、いつかある日、アメリカが日本を見捨てる(自国民の利益を高めるための判断として当然そういう判断もあり得る、と本書には書いてある)ことになったとき、日本人がどれくらい混乱するか(そして凶暴になるか?)を想像すると恐ろしい。本書を読んで、そのあたりやっぱり少し考えた方がいいかもと思った。
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サラバ! 上・下 西 加奈子
http://www.amazon.co.jp/dp/409386392X
すごく良かった。なんというか、世界文学の読後感だった。しかも、知らない国の遠い時代の文学ではなく、「今を生きる」「日本人のための」世界文学。こんな作品が読めることが嬉しい。
冷静な観察者であった語り手の「僕」が、主役に躍り出る瞬間は圧巻だった。
松尾 豊 http://www.amazon.co.jp/dp/4040800206
日本のAI研究の中心的人物の一人である、東大の松尾豊氏による啓蒙書。今のAIブームの実像と、AIがもたらす将来像について、AI研究の当事者の視点で書かれている。昨今AIについて盛んに言われていることの中には、本質的なものとそうでないものが混在しているが、今回の「第3次AIブーム」の本質と言えるのは、「ディープラーニングが可能にした特徴表現学習」であり、それ以上でも以下でもない、というのがこの本の主なメッセージになっている。学習機械に読み込ませるデータの「特徴量」の選択はこれまで人間の勘と経験で行われてきたが、ディープラーニングはそれを自動化し、そのことがAI技術が利用を大きく広げる可能性がある。未来はどうなるか。SF映画に出てくるような「欲望を持ったAIが暴走する」未来が実現する可能性は非常に低い。一方、「AIが人間の仕事を奪う」については、著者は多分そうなるだろうと言い、具体的にAI技術がいつ頃どの分野に適用されるのかについての見通しを示している(ただ、それは悲観的になるべきことではなく、AI技術は積極的に活用していくべきだ、というのが著者の立場)。
本書に書かれていることは、とても控えめで常識的に思える。しかし、最近のセンセーショナルな言説に慣れてしまった身からすると、それが逆に新鮮に聞こえ、だからこそ貴重な本になっている。「第2次AIブーム」が終わりかけた頃の「AI冬の時代」に研究人生を始めた著者は、「春の時代を喜ばしいと思うと同時に、期待が加熱することを恐れている」という。また、そのために、社会に対する「適切な期待値コントロール」が必要だと思うと。その役割を十全に果たしていると思われる一冊。
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職業としての「編集者」 片山一行
http://www.amazon.co.jp/dp/4908110018
ビジネス書の名物編集者として知られる(らしい)著者が、ビジネス書編集のハウツーと、編集職についての自身の哲学を語った本。実用書作りのプロだけあって、この本自体「買って読んで良かった」感を大いに得られる本だった。
まず、編集の仕事で実践してみたいと思えることがたくさん書いてあった(「『発注する』という言い方をやめる」「『著者略歴』ではなく『著者紹介』にする」「『前書き』の内容にはとことんこだわる」などなど)。編集者にとっては有り難いハウツー本になっている。
また、実用書についての見方を変えさせる本でもあった。いわゆる「ビジネス書」を含む「実用書」は、本の中では軽くみられがちなジャンルだと思う。しかし、著者も「ビジネス書の編集ができれば、だいたいどの分野の編集も出来る」というように、「本を作る」側からすると、一番難しく、チャレンジングなのは実用書なのだ。企画時の目の付け所、原稿を分かりやすく整える文章力、効果的なコピーライティング、図解力、本のプロモーションなど、すべての面で力量を試される。そして、一番大事(だと私が感じたのは)「読者にとって、本当に役に立つ本を作っているんだ」という気持ちで本を作ること(それがないと、長期的に売れる本には絶対ならない!)。やっぱりそうですよね!と思ってしまった。
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角川インターネット講座 (6) ユーザーがつくる知のかたち 集合知の深化 西垣 通
http://www.amazon.co.jp/dp/4046538864
西垣通氏、ドミニク・チェン氏、平野啓一郎氏など、多彩な執筆陣による論考集。一応、「インターネットが可能にする集合知のありかた」が共通テーマになっているようなのだが、内容的に一貫したものがあるのかどうかはよくわからなかった。ただ、各論考は個性的で面白かった。とくに「ソーシャルネットワークが人の心をどう変えるか」をテーマにした平野論文が興味深かった。漠然とした印象だが、「情報の哲学」がこれから重要になってくるような気がした。
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The Fourth Revolution: How the Infosphere is Reshaping Human Reality Luciano Floridi
http://www.amazon.co.jp/dp/B00KB1BRSM
「情報の哲学」をキーワードに検索してみて、出てきたのが著者Floridi氏だったので、近著The Fourth Revolutionを読んでみた。第4の革命というのは、情報通信技術(ICT)のことで、著書はこれをコペルニクスの地動説・ダーウィンの進化論・フロイトの心理学に続く人間理解の大変化として位置づけている。前の三つの革命は、それぞれ人間の自己意識を何らかのかたちで相対化してきたのと同様に、第4の革命は人間を情報圏(infosphere)に生きる1エージェントとしてとらえなすことを迫る。それに従って、現代の哲学もICTの存在をふまえたものに変えなければいけない。理念的な話が多くて、今一つピンとこなかった。もう少し具体的な内容の本があれば読んでみたい。
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日本語の科学が世界を変える (筑摩選書) 松尾 義之
http://www.amazon.co.jp/dp/4480016139
「日本語で科学することに積極的な意味があるか?」というのは、理工学書の出版に関わる身としては、大変気になる問題だ。本書のタイトルが示す通り、著者は「ある」という。どんな論拠が示されるのだろう、と思ってかなり楽しみにして読んだのだが、実際にはそれほど説得力のある議論がなされてように思えず、少し残念だった。中間子を発見した湯川秀樹、進化の中立説を唱えた木村資生などの例を挙げ、彼らは日本語で考えたからこそ、そのような独特な発想に至ることができたのだという持論を展開している。だが、著者自身「仮説だ」「直観だ」と言っているように、それらの証拠は示されておらず、言語学的・心理学的な議論もない。そういうものを期待してしまう自分としてはもの足りなさを感じてしまった。(その意味では、「日本語」ではなく『日本の科学が世界を変える』という書名なら違和感なく読めたかもしれない。) 一方、著者は科学雑誌の編集などに長く携わってきた人であり、会ってきた研究者の数が桁違いだし、深い洞察をお持ちだと思うので、そういう人の考えを知ることは有意義だとは思った。
蛇足となるが、冒頭の「日本語で科学することに積極的な意味があるか?」という疑問に対しては、個人的胃は「日本語が科学をするのに特に優れているとは思えないが、言語の多様性が科学にメリットになることはありそう」くらいに思う。
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永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04) 白井 聡
http://www.amazon.co.jp/dp/4778313593
憲法記念日に読んでみた。
前からの素朴な疑問として、「なぜ日本ではいつまでも戦争の話が終わらないのか」(それも、単に「悲惨なことを繰り返してはいけない」ということだけじゃなく、「歴史認識」や「靖国参拝」みたいなことが問題になり続けるのだろうか?)を不思議に思っていた。でも、敢えて知ろうとしてこなかった。
本書を読んで、ことの本質がかなり分かったような気になった。日本人や日本を構成している人々の多くは、心の中で「戦争に負けた」という認識をもっていない(むしろ、地震などの天災に見舞われたのと同じように思っている)こと。そのことで、いつまでも「戦後が終わらない」こと。そのために、「日本が主体的に何かを世界の中でする」という発想が持てないということ。だから、多くのことがアメリカとの間の密約で決まっていたとしても、多くの日本人は「やっぱりそうか」という以外の感想を持たないこと。一面的なのかもしれないが、腑に落ちる説明だった。
正直、本書を読んだ上でも「日本がこれからどうするか」というようなことにあまり関心が持てない。それでも、この本を読んでよかったとのは、自分個人の中にもきっと「永続敗戦」のメンタリティがあって、それにあらかじめ気づくことは大事かもしれないと思ったから。たとえば、外国人と話すときに、戦争とか紛争とかの話題になったとして、そういうときに、国際情勢とは関係ないニュートラルな存在としてどこか「日本人である自分」を捉えてはいないだろうか? そんな気分で居続けて、いつかある日、アメリカが日本を見捨てる(自国民の利益を高めるための判断として当然そういう判断もあり得る、と本書には書いてある)ことになったとき、日本人がどれくらい混乱するか(そして凶暴になるか?)を想像すると恐ろしい。本書を読んで、そのあたりやっぱり少し考えた方がいいかもと思った。
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サラバ! 上・下 西 加奈子
http://www.amazon.co.jp/dp/409386392X
すごく良かった。なんというか、世界文学の読後感だった。しかも、知らない国の遠い時代の文学ではなく、「今を生きる」「日本人のための」世界文学。こんな作品が読めることが嬉しい。
冷静な観察者であった語り手の「僕」が、主役に躍り出る瞬間は圧巻だった。
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