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01.03
Sat
年が明けて2015年.
仕事を始めて3年になる.
自分にしてはうまく仕事に適応できているようでもあり,
かと言って何も成し遂げていないような3年だったなーと思う.

さて今年の目標.
今年の目標は…….
(3秒考えて出てこない)

昨年の目標はなんだったっけ?
その前の年は?
自分は何のために生きてきたのだろう?
そんな,実存的疑問に囚われがちな正月.

大学生のとき,実存的不安と孤独から逃れるために,
ある科学的な疑問の解明を,人生の目標にすることに決めた.

“物質である脳に心が宿るのはいかにしてか?”

十分に広くて,深くて,長いこと解ける心配もないし,卒論のテーマにもなるくらいの小さい問題に分割することも出来るし,自分の実存的不安にも結びついてる問題.よい目標を見つけた!と思った.

ちなみに,「解明する」といっても,自分自身で解明する必要はない.世界中の優秀な人たちがどう解決していくのかを見届けるのでよい.そう考えて,研究者にならずに企業で働くことに決めたあとも,脳科学や人工知能研究の本を読んだりしてきた.そして,僕が死ぬころに「脳に心が宿るのはいかにしてか」問題にどれくらい近づけたかをもってして,自分の人生の価値にしよう…….

こういうことを言うと,たぶん,まったく理解できないという人が大半と思う.経験上.自分でも,冷静に考えれば意味不明かもしれないとも思う.そもそも人生の目標に決める必要なんてあるのか(それも科学的問題の解明を目標にするなんて!).でも,少なくとも自分の場合は,人生の「大目標」のようなものはそこにあると,思うことにしてきた.

でも,この正月休みにいろいろ考えて,その目標はいったん取り下げることにした.
理由は,いささかナイーブすぎるかもしれないことに気づいたから.(気づいた要因は,昨年までに読んだいくつかの本が影響しているとは思う.どの本のどの部分が効いているのかということは分析できていないのだけど.)

ナイーブかもしれないというのは,よくよく考えてみると,「クエスチョン」を問うという姿勢でいたとしても,そのうち自分が納得できる解に遭遇できなそうだということで,本当に自分が知りたいのはいったい何なのかと考えていくと,一緒に問うべき問題がいくつも出てくることに気づいた.

・私はなぜそれを知りたいのか.
・どうすればそれが答えられたことになるのか.
・それを知ることに,どんな社会的,歴史的な意味があるのか.

等.これらに答えずして,自分の人生の目標を一つのサイエンティフィック・クエスチョンの解決(理解・解釈)だと言い切ってしまうのにはやや無理がある.「クエスチョンの解決」をお題目にするのは科学者の常套手段なので,それに習ってしまったのだと思うが,よく考えてみれば,それは研究を上手く進めるための方法論なのであって,科学を止めてまで適用すべきではなかった(ということに最近気づいた!).

で,そういう視点で最初の問題:
“物質である脳に心が宿るのはいかにしてか?”
を考えてみると,人生の目標が雲散霧消してもとの実存的不安に逆戻りかと思いきや,ありがたいことに,むしろより面白いことになってくるように,今は思えている.

というわけで,今年は少し軌道修正して(あるいは「より人生を複雑に捉えて」),いろいろ考えていきたい.そして,そうやって脳(およびその周辺にある問題)について考えることと,今の仕事がゆるくつながっていけばいいなと思う.
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