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09.12
Fri

メディアの臨界―紙と電子のはざまでメディアの臨界―紙と電子のはざまで
(2014/07)
粉川 哲夫



「かつては編集者が本を作った」という書き出しに心をつかまれた.
紙の本と電子メディアの違いや,本の行く末について,ものすごく核心をついたことを語っているように思えた.

が,難解だった.
途中からは,本の話から,現代の文化や哲学一般の話になり,ポストモダンな哲学の言及が増えていったあたりでついていけなくなった.

一文一文は大事なことが書いてあるような気がするのだが,文章としてなにを言っているのかが読み取れない.
少し抜粋すると,こんなかんじ:

p.32 本をインデクスの集積として使うことによって,本の存在自体は終わらないとしても,固定した「内容」を持った本は終わる.(略)いま「実存」するメディアのなかで,もっとも「本」的なのは映画だろう.

p.34 「本」がウェブに載せられると,その「作者」は.「本」のそれとは異なるものになる.

p.39 本的なものとデータ的なものの境界線があいまいになった.傾向としては,ほんのデータ化が無自覚に進んでいる.(略)本をデータ化する最も簡単な方法は,本を見知らぬ人にタダで送りつけることだ.

p.57 電子メディアが活字メディアと異なるのは,それが,本質的にメタファー的な機能―(略)―を捨てようとしている点である.

p.74 電子テクノロジーが代補するかに見える記憶は,われわれがこれまで慣れ親しんできた記憶とは質的に異なるものである.記憶とは,基本的に場の記憶である.この場では,情報や映像,言語概念や映像情報が,想起のたびごとに更新されるのである.これは,電子的なメモリー装置の記憶のやり方とは根本的に違っている.

大量の謎をかけられたような気分になった.

日頃,「紙の本が終わって,電子書籍になる」ということを聞くと,そんな表層的なことではないのでは?と思う.
むしろ,「人々にとって本とはなにか」「作者とはだれか」「著作権は維持できるのか」という根本的なこと,さらには「情報・個人・身体などの概念がおおもとから変容しようとしているんじゃなんだろうか」という,漠然とした気分がある.

そんな気分を,この本は,言い当てているような,いないようなかんじだった.





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