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03.06
Thu
昨日,この本について話す機会があったので,以前書いたブログ記事を再掲します.



数覚とは何か?―心が数を創り、操る仕組み数覚とは何か?―心が数を創り、操る仕組み
(2010/07)
スタニスラス ドゥアンヌ



人間や動物に備わる数に対する感覚=数覚にまつわる研究史と著者の研究をまとめた書.

この本の著者:Stanislas Dehaeneに注目したのは,ウェブ上で彼の書いた短い記事を読んだのがきっかけだった.そのタイトルが”Space, Time and Number: a Kantian research program” というもので,これが衝撃的だった.「人間の心が作り出す時間・空間・数学的直観」という哲学を打ち出したのはカントだが,その哲学に,神経科学・心理学の手法からアプローチしていける時代になったという表明をしていた.なんと,一番面白いところを突いている!と思ったので,Dehaene が具体的どんな研究を行ってきたのか知りたくてこの本を読むことにした.

まずは結論から.

最終章では数学に関する立場を3つ 紹介している.第一はプラトン主義.これは人間を離れた数学的心理が実在し,数学者はそれを発見していくのだとする立場である.第二の形式主義は,数学は 演繹的推論でつながった公理体系だとするもの.それに対して,著者は第三の「直観主義」をとる.直観主義は,数学は人間の心が作り出すとする考え方で,デカルト,パスカル,カントにルーツを持つという.「数学とは何か」という問いに対するこれら3つの立場は,主義や趣向の違いと考えられそうなものだが,そこに神経科学・心理学が入ってくると問題は別の様相を呈し始める.つまり実験を通じて,数学の成り立ちについて白黒つけられる可能性が出てくる.著者は,数覚にまつわる過去の研究は,脳が数学を作り出したとする「直観主義」を証拠づけるものだと主張する.

pp.424数学の性質に関するこれまでの理論の中で,直観主義が算術と人間の脳の関係について,もっとも良い説明を与えるように私は思う.算術に関する心理学のここ数年の発見は,直観主義を支持する,カントもポアンカレも知らなかった新しい議論をもたらした.

1章から8章まで,その「証拠」となるようなさまざまな研究を紹介している.そのうちの一部をあげると:

・動物も数覚をもつ:ラットに刺激の回数を数えさせる行動実験から,ラットも数を数えることができることが示された/チンパンジーは足し算を伴う数の大小比較を行うことができる.数覚は進化的産物であることが示唆される.

・人間の赤ちゃん:0歳児は,もの色や形よりも早く,数が変わることに対する区別を身につける.これは数の概念は4,5歳児で初めて芽生えるという「ピアジェの構成主義」を否定する結果である.

・人間の成人に対する心理実験:数の把握は4以上で急激に悪化する.数の大小比較はその差が大きいほど,またその2つの数が大きいほど,時間がかかる.これらのデジタルに数を扱うコンピュータに決して見られない性質である.脳はアナログに数を扱う.(天秤の比喩)

・ 脳損傷患者の所見:量の比較の能力と(掛け算などの)算術能力がそれぞれ特異的に損なわれた患者がいる.分離脳の患者は,左半球にしか言語と暗算の課題を行うことができない.下頭頂野を損傷した患者は(引き算をはじめとする)計算ができなくなる.一方で,大脳基底核を損傷した患者は算術表を使った(掛け算など)ができなくなる.これらのことから,数学の能力はある局所的な脳のモジュールで行われるが,複数の部位が協力していることが分かる.

・イメージングや電気測定:暗算時の脳の活動をfMRIで測定すると,やはり「掛け算」と「大小比較」で異なる活動パターンが得られる.脳波測定では,「文字の認識」と「数字の認識」で別の部位かevent related potentialが発生する.てんかん患者に対する電極による測定では,顔/文字/数字にそれぞれ特異的に反応する細胞が見つかっている.これらのことから,やはり脳の中には数を専門に扱う部位が存在することが示唆される.

これらの事例を通して著者が言いたかったことの一つは,「数学能力は言語能力に還元されるものではない.それらは脳の別の機能が担っている」ということだ.数学が言語に還元されるなら,数を扱えるのは言語を扱える人間のみであるということになる.そして言語の上に構築される数学は,言語に依存した純粋な構成 物だということになる(→形式主義).しかし,この本の数々の研究が示しているのは,数覚を脳が別建てで持っている(→直観主義)ということだ,と著者は言いたいのだと思う.これはどうだろう.これらの実験からはまだそのような結論を出すのは早い気もするが…いずれにしても眠れないくらい面白い問題設定だ.

ところどころ,研究史や数にまつわる歴史の面白エピソードが挿入されていた(計算する馬ハンス,人間の数字表記システムの進化,算術記憶の自動化,天才数学者ラマヌジャンについて,などなど).神経科学・心理学の数覚に関する知見をもとにした,数学教育の在り方についての著者の意見にも多くのページが割かれていた.
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