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12.26
Thu
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この赤いリュックサックは,実は,もともとは父のものだった.

小学生の時分,父に連れられて初めて山登りに行った.
八ヶ岳の一泊二日のコース.
そのために父は私に青いリュックを買い,自分にはこの赤いリュックを買った.
容量は小さめで,値段もお手頃なものだが,当時の私には本格的な登山用リュックに見えた.

青いリュックは,その後何回も使わないうちに私の身体には合わなくなったので,
赤いリュックを父に借りて出かけたりするようになった.

このリュックを毎日使うようになったのは,大学生になってからだった.
筑波大学に入学し,実家を離れることになった私は,父から正式にこのリュックを譲り受けた(と認識している).
別に,このリュックを特段気に入っていたわけでもない.
新しいものを買うのはもったいないからあるものを使おうという,たぶんそれだけの理由だった.

大学生の私は,大体赤いリュックを背負って自転車に乗って,筑波の街を一人ふらふらしていたように思う.
講義室から図書館へ.図書館から自宅へ.自宅からバイト先へ.

毎日使っていると,流石にだんだん傷んでくる.
まずやられたのが内側の防水用の膜で,これは日焼けした皮膚のようにぼろぼろ剥がれてきて困った.(ただ,この脱皮は数ヶ月間で完了し,その後は防水機能を失った以外はとくに問題なく使えるようになった)

あと,筑波山には10回くらい登ったはずだ.例外なく赤のリュックをしょって.
そういえば,フィリピンの一人旅も,初めてのインドもこのリュックだった.

大学にもって行くのに必ずしも向いてはいなかった.
ベルトがあちこちからビロビロ伸びていて,扱いづらく.教室で講義を聴いているときに,リュックの置き場所に困ることもあった.(もっとも,後日,東工大で大学院の講義を受けていたときに,ある女の子がリュックを座席に背負わせるようにして掛けているのをみて,収まりよさそうだと思って真似をしてみたら具合がよく,それ以降この悩みはなくなった.)

他の学生が持っているような,もっとかっこいいバッグを持とうかと思ったことも一度ならずあった.
が,結局,いつもこのリュックに戻ってきてしまった.
ボロボロのダサいリュックの奴と思われるのも,そんなに嫌じゃなかったのかもしれない.

東京に戻ってきて,電車通学になってからも使い続けた.
自宅から東工大.東工大から電車とバスを乗り継いで,(共同研究をしていた)東京薬科大へ.
東京薬科大から溝の口のバイト先へ.

何のきっかけもなければ,一生,惰性で使い続けていたかもしれない.

しかし,ついこの前,
私が独身ではなくなった日に,
新しく妻になった人が私に黒いバックパックを買ってくれた.
それで,赤いリュックはとうとう役目を終えた.

私は決してものに執着するほうではなく,
むしろ,いらないと思えばすぐに捨てるたちなのに,
こと赤いリュックに関しては,
「次のゴミ収集日に袋につめて捨ててそれっきりおしまい」
となることを具体的に想像したときに,なぜかいたたまれなくなってしまった.
それで,26歳にもなって誠に恥ずかしいことではあるが,このようなもの書いてみた.

***

黒のバックパックにも,またどうか末永いお付き合いをお願いしたい.
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