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05.23
Sat
このたび、FC2ブログからはてなブログへ引っ越すことにしました:
新しいアドレスはこちら:
http://rmaruy.hatenablog.com/

(誰も見ていないと思いますが)引き続きよろしくお願いします。
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05.06
Wed
人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの (角川EPUB選書)
松尾 豊  http://www.amazon.co.jp/dp/4040800206

日本のAI研究の中心的人物の一人である、東大の松尾豊氏による啓蒙書。今のAIブームの実像と、AIがもたらす将来像について、AI研究の当事者の視点で書かれている。昨今AIについて盛んに言われていることの中には、本質的なものとそうでないものが混在しているが、今回の「第3次AIブーム」の本質と言えるのは、「ディープラーニングが可能にした特徴表現学習」であり、それ以上でも以下でもない、というのがこの本の主なメッセージになっている。学習機械に読み込ませるデータの「特徴量」の選択はこれまで人間の勘と経験で行われてきたが、ディープラーニングはそれを自動化し、そのことがAI技術が利用を大きく広げる可能性がある。未来はどうなるか。SF映画に出てくるような「欲望を持ったAIが暴走する」未来が実現する可能性は非常に低い。一方、「AIが人間の仕事を奪う」については、著者は多分そうなるだろうと言い、具体的にAI技術がいつ頃どの分野に適用されるのかについての見通しを示している(ただ、それは悲観的になるべきことではなく、AI技術は積極的に活用していくべきだ、というのが著者の立場)。

本書に書かれていることは、とても控えめで常識的に思える。しかし、最近のセンセーショナルな言説に慣れてしまった身からすると、それが逆に新鮮に聞こえ、だからこそ貴重な本になっている。「第2次AIブーム」が終わりかけた頃の「AI冬の時代」に研究人生を始めた著者は、「春の時代を喜ばしいと思うと同時に、期待が加熱することを恐れている」という。また、そのために、社会に対する「適切な期待値コントロール」が必要だと思うと。その役割を十全に果たしていると思われる一冊。

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職業としての「編集者」 片山一行
http://www.amazon.co.jp/dp/4908110018

ビジネス書の名物編集者として知られる(らしい)著者が、ビジネス書編集のハウツーと、編集職についての自身の哲学を語った本。実用書作りのプロだけあって、この本自体「買って読んで良かった」感を大いに得られる本だった。

まず、編集の仕事で実践してみたいと思えることがたくさん書いてあった(「『発注する』という言い方をやめる」「『著者略歴』ではなく『著者紹介』にする」「『前書き』の内容にはとことんこだわる」などなど)。編集者にとっては有り難いハウツー本になっている。

また、実用書についての見方を変えさせる本でもあった。いわゆる「ビジネス書」を含む「実用書」は、本の中では軽くみられがちなジャンルだと思う。しかし、著者も「ビジネス書の編集ができれば、だいたいどの分野の編集も出来る」というように、「本を作る」側からすると、一番難しく、チャレンジングなのは実用書なのだ。企画時の目の付け所、原稿を分かりやすく整える文章力、効果的なコピーライティング、図解力、本のプロモーションなど、すべての面で力量を試される。そして、一番大事(だと私が感じたのは)「読者にとって、本当に役に立つ本を作っているんだ」という気持ちで本を作ること(それがないと、長期的に売れる本には絶対ならない!)。やっぱりそうですよね!と思ってしまった。

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角川インターネット講座 (6) ユーザーがつくる知のかたち 集合知の深化  西垣 通
http://www.amazon.co.jp/dp/4046538864

西垣通氏、ドミニク・チェン氏、平野啓一郎氏など、多彩な執筆陣による論考集。一応、「インターネットが可能にする集合知のありかた」が共通テーマになっているようなのだが、内容的に一貫したものがあるのかどうかはよくわからなかった。ただ、各論考は個性的で面白かった。とくに「ソーシャルネットワークが人の心をどう変えるか」をテーマにした平野論文が興味深かった。漠然とした印象だが、「情報の哲学」がこれから重要になってくるような気がした。

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The Fourth Revolution: How the Infosphere is Reshaping Human Reality Luciano Floridi
http://www.amazon.co.jp/dp/B00KB1BRSM

「情報の哲学」をキーワードに検索してみて、出てきたのが著者Floridi氏だったので、近著The Fourth Revolutionを読んでみた。第4の革命というのは、情報通信技術(ICT)のことで、著書はこれをコペルニクスの地動説・ダーウィンの進化論・フロイトの心理学に続く人間理解の大変化として位置づけている。前の三つの革命は、それぞれ人間の自己意識を何らかのかたちで相対化してきたのと同様に、第4の革命は人間を情報圏(infosphere)に生きる1エージェントとしてとらえなすことを迫る。それに従って、現代の哲学もICTの存在をふまえたものに変えなければいけない。理念的な話が多くて、今一つピンとこなかった。もう少し具体的な内容の本があれば読んでみたい。

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日本語の科学が世界を変える (筑摩選書)   松尾 義之
http://www.amazon.co.jp/dp/4480016139

「日本語で科学することに積極的な意味があるか?」というのは、理工学書の出版に関わる身としては、大変気になる問題だ。本書のタイトルが示す通り、著者は「ある」という。どんな論拠が示されるのだろう、と思ってかなり楽しみにして読んだのだが、実際にはそれほど説得力のある議論がなされてように思えず、少し残念だった。中間子を発見した湯川秀樹、進化の中立説を唱えた木村資生などの例を挙げ、彼らは日本語で考えたからこそ、そのような独特な発想に至ることができたのだという持論を展開している。だが、著者自身「仮説だ」「直観だ」と言っているように、それらの証拠は示されておらず、言語学的・心理学的な議論もない。そういうものを期待してしまう自分としてはもの足りなさを感じてしまった。(その意味では、「日本語」ではなく『日本の科学が世界を変える』という書名なら違和感なく読めたかもしれない。) 一方、著者は科学雑誌の編集などに長く携わってきた人であり、会ってきた研究者の数が桁違いだし、深い洞察をお持ちだと思うので、そういう人の考えを知ることは有意義だとは思った。

蛇足となるが、冒頭の「日本語で科学することに積極的な意味があるか?」という疑問に対しては、個人的胃は「日本語が科学をするのに特に優れているとは思えないが、言語の多様性が科学にメリットになることはありそう」くらいに思う。

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永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04)   白井 聡
http://www.amazon.co.jp/dp/4778313593

憲法記念日に読んでみた。
前からの素朴な疑問として、「なぜ日本ではいつまでも戦争の話が終わらないのか」(それも、単に「悲惨なことを繰り返してはいけない」ということだけじゃなく、「歴史認識」や「靖国参拝」みたいなことが問題になり続けるのだろうか?)を不思議に思っていた。でも、敢えて知ろうとしてこなかった。

本書を読んで、ことの本質がかなり分かったような気になった。日本人や日本を構成している人々の多くは、心の中で「戦争に負けた」という認識をもっていない(むしろ、地震などの天災に見舞われたのと同じように思っている)こと。そのことで、いつまでも「戦後が終わらない」こと。そのために、「日本が主体的に何かを世界の中でする」という発想が持てないということ。だから、多くのことがアメリカとの間の密約で決まっていたとしても、多くの日本人は「やっぱりそうか」という以外の感想を持たないこと。一面的なのかもしれないが、腑に落ちる説明だった。

正直、本書を読んだ上でも「日本がこれからどうするか」というようなことにあまり関心が持てない。それでも、この本を読んでよかったとのは、自分個人の中にもきっと「永続敗戦」のメンタリティがあって、それにあらかじめ気づくことは大事かもしれないと思ったから。たとえば、外国人と話すときに、戦争とか紛争とかの話題になったとして、そういうときに、国際情勢とは関係ないニュートラルな存在としてどこか「日本人である自分」を捉えてはいないだろうか? そんな気分で居続けて、いつかある日、アメリカが日本を見捨てる(自国民の利益を高めるための判断として当然そういう判断もあり得る、と本書には書いてある)ことになったとき、日本人がどれくらい混乱するか(そして凶暴になるか?)を想像すると恐ろしい。本書を読んで、そのあたりやっぱり少し考えた方がいいかもと思った。

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サラバ! 上・下  西 加奈子
http://www.amazon.co.jp/dp/409386392X

すごく良かった。なんというか、世界文学の読後感だった。しかも、知らない国の遠い時代の文学ではなく、「今を生きる」「日本人のための」世界文学。こんな作品が読めることが嬉しい。
冷静な観察者であった語り手の「僕」が、主役に躍り出る瞬間は圧巻だった。
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05.02
Sat
『AIの衝撃』という本を読んだ。

AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書) 小林雅一
固定リンク: http://www.amazon.co.jp/dp/B00UT1RJ7M

最近の人工知能ブームの実体が、かなり分かりやすくまとめられている。直近のAI技術のどこが新しいのかなどの技術的内容だけでなく、AI研究を押し進めている(Google、Facebook、百度といった)企業の動向、AIがもたらすと言われる諸問題(「職を奪うのか問題」や「シンギュラリティ問題」)など、AIブームについて知りたいと思うような話題が余すところなくカバーされている。同著者による『AIからクラウドへ』(朝日新書、2013)と内容は一部は重なるものの、この1年の動向も多く紹介されているので、前著を読んだ人も買って損はないと思う。

個人的には、人工知能の技術的側面に書かれている第2章がとくに面白かった。AI技術の進化の歴史がコンパクトにまとまっているし、腑に落ちる記述もたくさんあった。だがその反面、「本当にそうか?」とツッコミを入れたくなる内容があった。そして、それは人工知能研究の本質的な問題に関わっているようにも思えた。その問題とは、「今の人工知能研究は、本当に知能の本質に迫っているのか?」というものだ。

ここでは、この本の第2章の内容を振り返りつつ、これを読んで感じたことを書いてみたい。

今回の人工知能が「単なる数値計算」を超えている理由?

第2章で著者は言うには、現代のAI技術の根幹にあるのは「機械学習」である。機械学習とは、データを何らかの関数に当てはめたりクラスタリングをする技術だが、数学的に言うと機械学習がやっているのは要するにコスト関数の最適化」である。果たしてこれは「知能」なのか? AIには、その技術的中身をみたとたん、「知能」っぽく見えなくなるという傾向がある。

現代AIのベースとなる機械学習とは、例えば「言葉を聞き分ける」「写真を見分ける」といった人間の知能を、コンピュータが得意とする大規模な数値計算へと巧妙にすり替える手段である。(中略)[このことを]知ってしまうと、失望あるいは幻滅を覚える読者の方が多いかと思います。つまり「コスト関数を最小化」するといった無味乾燥な数値計算が現代AIのベースとなっているなら、今後いくらそれを発展させたところで生身の人間が持つ「本物の知能」、ましてや「意識」などというものは、どう考えても生まれてこない。そういう印象を持たれても仕方がないでしょう。



これにはとても共感できる。内実は機械学習である諸技術を「人工知能」と呼ぶことへの違和感を、言い当てているように思う。

ところが、今回に関しては「そう決めつけることは早計だ」と著者は続けている。なぜなら「最近になってAI開発へ脳科学の研究の成果が本格的に取り入れ始められたから」と言う。今回は、実際の脳の構造を真剣に真似し始めたから、単なる数値計算では終わらない可能性がある、と言うのである。

そこから、第2章の後半では、AIの研究の歴史を振り返りつつ、最近になって脳科学がどう取り入れられ始めているかを説明している。AI研究のごく初期に「神経細胞を模した」ニューラルネットが考案され、一度忘れられ、また復活してきたこと。そして、今回のニューラルネットは、脳の神経細胞ネットワークについて得られた知見を取り入れ始めていること。さらに、人工知能へ生かせる可能性が期待されている脳科学研究として、人の脳内のニューロンの結合状態のマップをつくる「コネクトーム」プロジェクトや、神経細胞レベルでの全脳のシミュレーションを行う「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト」、シリコンで実際の神経細胞のスパイクを出すチップをつくる「ニューロモーフィック・チップ」の研究が紹介されている。

「今回のニューラルネットは脳を模しているから単なる数値計算ではない。だから、本物の知能を作り出せる可能性があるのだ」というのは、一見説得力もあるし分かりやすい話ではある。けれど、分かりやすいだけに単純すぎるような気が、個人的にはしてしまう。


本当に脳を模していると言える?

私が読み取った範囲では、著者が「最近の機械学習は脳科学を取り入れている」と言っているのは、主に「スパースコーディング」と「深層学習」のことらしい。スパースコーディングとは、一つの情報を比較的少数のニューロンで表現する符号化様式のことだが、脳が実際にスパースコーディングを使っていることは神経生理学的に明らかになってきており、またそれを機械学習に搭載することで性能が上がるという事実もある。一方、脳の神経ネットワークは何層にも及ぶ階層構造になっているが、それと同じく多層にニューラルネットを重ねた「深層学習(deep learning)」と呼ばれる機械学習器が成功をおさめているのは周知のとおりだ。

「スパースコーディング」や「多層のニューラルネット」の成功を根拠に、「人工知能が脳科学を取り入れて始めている」と言うのは、間違ってはいないと思う。ただ、個人的には、それがこれまでの人工知能と一線を画する決定的な違いだというのは、ちょっと言い過ぎなんじゃないかという感想も否めない。本書では「スパースコーディング」の神経生理学と人工知能を結びつけた研究をしている人として、Bruno Olshausen氏の名前が挙げられている。Olshausen氏にしても、deep learningのJeff Hinton氏にしても、脳研究と機械学習研究の相乗効果が期待できるというようなことはよく言っているものの、「脳について明らかになったことを人工知能に搭載する」とまでは言い切っていない印象だ(ネット上にOlshausen氏のスパースコーディングについての動画があった https://www.youtube.com/watch?v=amitGuJseqw )。思うに、脳について明らかになっていることは、それを「AIに実装する」と言えるにはまだまだ少ないのではないだろうか。

もちろん、本書『AIの衝撃』は啓蒙書なので、こういう説明になるのも仕方がないし、それによって分かりやすくなっていると思う。が、「本当に脳を模しているのかどうか」というところは、疑ってもいいのではないかと感じた。

(※蛇足となるが、同時期に出された本『人工知能は人間を超えるか』(松尾豊著)では、いまのAIがこれまでと違う理由として「特徴量を学習できること」という点があげられていて、こちらの方が本質的であるように思えた。)


知能理解・作成へのオルターナティブ?(以下妄想)

とはいえ「スパースコーディング」や「深層学習」以外にも、これからの脳研究が人工知能の性能をどんどん高めていくような知見をもたらすという可能性はあるだろう。でも、本書を読んだ感触としては、それは「可能性」にとどまるように思われた。さらに言ってしまえば、deep learningを中心とした機械学習器の改良をはじめ、「コネクトーム」のプロジェクトや「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト」なども含む研究が、「知能を理解し、つくる」という目的にとって「実はすべてあまり関係ありませんでした」という結果に終わる可能性も残されているのではないだろうか。もちろん、あるアプローチが「正しい」「間違っている」というためには、目的とする「知能」をどう定義するか決める必要がある。そこがとても難しいところでもある(たとえば単に「機械学習の性能を高める」=「知能に近づく」とするなら何の問題もない)。まあ、定義の問題はまたの機会に考えることにしたい。

ともかく、私としては「脳が単なる数値計算ではない(従って現在のアプローチは不十分である!)」というナイーブな直観の側に、もうちょっとだけ留まってみたい。ただし私は研究者ではないので、それを証明したいというよりは、「そういう立場が成立するとしたらどういうストーリーが可能なのか」を知りたいという思いが強い。そういう意味で気になっているのが、ダグラス・ホフスタッター氏だ。

ホフスタッター氏は、実は『AIの衝撃』のなかで、かなり不名誉な紹介のされ方をしている。彼は、当初「機械にはチェスをできないだろう」と予言していた。カスパロフがDeep Blueに負けてそれが覆されると、今度は「芸術をつくる人工知能は登場しないだろう」と言ったいう。ところが、その予言もまた覆されてしまう(コンピュータが生成した音楽を、彼自身が判別できなかった)。それらのエピソードを引き合いに、本書では「頭の固い人工知能の懐疑派」の象徴のように言及されているのだ。でもこの扱いはちょっと不当だと思う。ホフスタッター氏の人物像はこちらの記事(英語)にくわしい:http://www.theatlantic.com/magazine/archive/2013/11/the-man-who-would-teach-machines-to-think/309529/ これを読むと、彼は人工知能の可能性を否定している訳ではなくて、あくまで人工知能研究のメインストリームから離れ、独自の知能観に基づいて研究を進めている(しかもまだ現役で研究をしている)。そのことに私としては魅力を感じ、期待を抱いてしまう。ホフスタッターさんの頭の中に、どんな「知能観」があるのだろう? ただ、どうやら彼自身、自分の知能観を明確に語る言葉はまだもってないようであり(「もしハッキリとしたアイディアがあるのなら、あんな長い本を書かないはずだ」と誰かが書いているのを読んだことがある)、もどかしいところだ。“The Mind’s I”という本を読み始めたのだけど、これもまた長大な本で、簡単に読解できそうにない。
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