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01.06
Tue
年末年始は,コンピュータの歴史にまつわる三冊の本を読んだ.


Alan Turing: The Enigma: The Book That Inspired the Film The Imitation GameAlan Turing: The Enigma: The Book That Inspired the Film The Imitation Game
(2014/11/19)
Andrew Hodges



一冊目は,アラン・チューリングの伝記.
チューリングについての伝記や論文集は最近では多く出ているが,なかでも最初期に出たのがこのHodges著らしい.初版は1983年に出ている.それ以前は,チューリングの業績の多くが軍事機密だったため,ほとんど資料がなかったということのようだ.今年3月公開の映画の原作にもなっているそうなので,これを読んでみた.とにかく情報量が多くて,しかも凝った英語で書いてあるので,読み通すのに20時間くらいかかった.(今回Kindleで読んだのだが,書店で実物を見かけたときにその分厚さに驚いた.紙版を最初に見たら,読み始める気にはならなかったかもしれない.分厚さに尻込みせずにすむのも電子書籍の効用といえるだろうか?).

チューリングの業績としては,ざっくりと①数学基礎論における決定問題の解,②エニグマ暗号の解読,③人工知能の構想,④数理生物学,が挙げられると思う.①,③,④は,それぞれ「チューリングマシン」「チューリングテスト」「チューリングパターン」という彼の名がついた概念に集約される業績だ.チューリングという人は,とにかくアイディアを掘り下げていく根気がすさまじい.どの研究でも,単なるアイディアに終わらせずに,世界を変えるような発明にまで推し進めている.

この本では,チューリングがそうした業績を残したさなかにどんな生活をし,どんな時代を生きていたかを克明に描いている.不思議だったのだが,ここまでチューリングのことを詳しく調べても,その内面は意外なほどに伝わってこなかったことだった.たとえば,青年時代に親友をなくしたチューリングは,直後に書いた手紙の中で,親友の精神(spirit)の存在をリアルに感じると言っていて,それをきっかけに「心とはなにか」という問題に,生涯の研究に取り組んだ.それで,知能を持つ機械(intelligent machine)を構想していくわけだが,しかしチューリングは,本当のところ,知能機械と,“精神”のあいだにどのように折り合いをつけていたのだろうか? 大変興味をそそられる点だが,そこは本にははっきりと書かれていない.それにも増して重大な謎は,「どうしてチューリングは死んだのか」ということだろう.この本では,彼の死に至る経緯,時代背景,彼が受けていた社会的プレッシャー(とくに同性愛をめぐる事柄)などが非常に詳しく書かれているのだが,肝心の「なぜ死んだのか」については,著者も推測を避けている.チューリングがあまり社交的ではなく,内面が分かりにくい人物だったということもあるかもしれない.もしかしたら,これらのことは,本人にすら本当は分からないことなのかもしれない.誰よりも深く「心」について考察していたチューリングの理解よりも,彼自身の心の方が複雑だったということだろうか.


コンピュータって: 機械式計算機からスマホまでコンピュータって: 機械式計算機からスマホまで
(2013/11/22)
ポール・E. セルージ



帯の宣伝文には「ド文系でも読める進化史」とある.一昨年から,たびたび本屋で見かけていたが,素通りしてきた本.コンピュータの歴史について気になりだしてみると,今の自分にとってちょうど良い本に見えてきた.コンパクトだし,タイトル・装丁もいいし,なにより山形浩生さんが訳している.(こういう風に本をプロデュースするのが,良い編集者の仕事なんだろうなあと思う.)

この本を読むと,コンピューティングの歴史が,決して「理想のコンピュータの実現するために技術が進歩してきた」というわけではないということが分かる.統計情報の管理のための「パンチカード」がコンピュータの原型になったことや,学術論文のハイパーリンクのアイディアがインターネットの発明につながったことなどが示すように,コンピュータの技術の進歩は,もっぱら歴史の偶然によっている(もちろん,その中で理想の「万能コンピュータ」を提示したチューリングの論文は,コンピューティングの歴史に燦然と輝く例外だったわけだけれども).そのように一筋縄では捉えがたい技術史を,この本では,「アナログ情報のデジタル化」「半導体素子の高度化」「さまざま技術の収斂」「マン・マシン・インターフェースの革新」の4つの軸によって理解しようとしている.この4要素による説明は分かりやすかった.訳者の山形氏は,あとがきにて,4つのうちの「さまざま技術の収斂」と「マン・マシン・インターフェースの革新」はまだまだ不完全であり,今後のIT技術の進歩はこの2軸でよく理解できるだろう,ということを書いていた.なるほど,と思った.


シュレーディンガーの猫、量子コンピュータになる。シュレーディンガーの猫、量子コンピュータになる。
(2014/03/20)
ジョン・グリビン



3冊目は量子コンピュータの本.前半では,チューリング・ノイマン・シャノンらを紹介しながら,古典的なコンピューティングを振り返る.その後,話題は量子力学に移り,ファインマンやベルといった,量子力学の解釈に重要な貢献をした人々が登場する.そして,ドイチェという人が量子コンピュータを構想し,現在,量子コンピュータの実現に向けた研究がどこまで来ているかを紹介する.正直,後半の量子計算の議論や,とくに量子コンピュータと「量子力学の多世界解釈」を結びつけた議論は自分には理解できなかった.注意深く読めばよかったのかもしれないが,できればもう少しやさしく書いてほしかった.

この本を読んでの一番の収穫は,量子コンピュータのアイディアが初めて登場した経緯を知れたことだった.デイビッド・ドイチェは,量子力学の局在性・実在性をめぐる問題を解くために,理論的道具立てとして,「量子コンピュータ」を考案したのだという.これは,チューリングがヒルベルトの問題を解く数学的道具として「チューリングマシン」を考案したのとまったくパラレルになっていて,大変興味深い.チューリング以降に実現した「古典的コンピュータ」と同じような歴史を,量子コンピュータもたどることになるのだろうか.最近では,IBMやGoogleも量子コンピュータの研究に乗り出しているらしいので,近いうちに本当にそうなるかもしれない.
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01.03
Sat
年が明けて2015年.
仕事を始めて3年になる.
自分にしてはうまく仕事に適応できているようでもあり,
かと言って何も成し遂げていないような3年だったなーと思う.

さて今年の目標.
今年の目標は…….
(3秒考えて出てこない)

昨年の目標はなんだったっけ?
その前の年は?
自分は何のために生きてきたのだろう?
そんな,実存的疑問に囚われがちな正月.

大学生のとき,実存的不安と孤独から逃れるために,
ある科学的な疑問の解明を,人生の目標にすることに決めた.

“物質である脳に心が宿るのはいかにしてか?”

十分に広くて,深くて,長いこと解ける心配もないし,卒論のテーマにもなるくらいの小さい問題に分割することも出来るし,自分の実存的不安にも結びついてる問題.よい目標を見つけた!と思った.

ちなみに,「解明する」といっても,自分自身で解明する必要はない.世界中の優秀な人たちがどう解決していくのかを見届けるのでよい.そう考えて,研究者にならずに企業で働くことに決めたあとも,脳科学や人工知能研究の本を読んだりしてきた.そして,僕が死ぬころに「脳に心が宿るのはいかにしてか」問題にどれくらい近づけたかをもってして,自分の人生の価値にしよう…….

こういうことを言うと,たぶん,まったく理解できないという人が大半と思う.経験上.自分でも,冷静に考えれば意味不明かもしれないとも思う.そもそも人生の目標に決める必要なんてあるのか(それも科学的問題の解明を目標にするなんて!).でも,少なくとも自分の場合は,人生の「大目標」のようなものはそこにあると,思うことにしてきた.

でも,この正月休みにいろいろ考えて,その目標はいったん取り下げることにした.
理由は,いささかナイーブすぎるかもしれないことに気づいたから.(気づいた要因は,昨年までに読んだいくつかの本が影響しているとは思う.どの本のどの部分が効いているのかということは分析できていないのだけど.)

ナイーブかもしれないというのは,よくよく考えてみると,「クエスチョン」を問うという姿勢でいたとしても,そのうち自分が納得できる解に遭遇できなそうだということで,本当に自分が知りたいのはいったい何なのかと考えていくと,一緒に問うべき問題がいくつも出てくることに気づいた.

・私はなぜそれを知りたいのか.
・どうすればそれが答えられたことになるのか.
・それを知ることに,どんな社会的,歴史的な意味があるのか.

等.これらに答えずして,自分の人生の目標を一つのサイエンティフィック・クエスチョンの解決(理解・解釈)だと言い切ってしまうのにはやや無理がある.「クエスチョンの解決」をお題目にするのは科学者の常套手段なので,それに習ってしまったのだと思うが,よく考えてみれば,それは研究を上手く進めるための方法論なのであって,科学を止めてまで適用すべきではなかった(ということに最近気づいた!).

で,そういう視点で最初の問題:
“物質である脳に心が宿るのはいかにしてか?”
を考えてみると,人生の目標が雲散霧消してもとの実存的不安に逆戻りかと思いきや,ありがたいことに,むしろより面白いことになってくるように,今は思えている.

というわけで,今年は少し軌道修正して(あるいは「より人生を複雑に捉えて」),いろいろ考えていきたい.そして,そうやって脳(およびその周辺にある問題)について考えることと,今の仕事がゆるくつながっていけばいいなと思う.
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