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10.29
Tue

境界知のダイナミズム (フォーラム共通知をひらく)境界知のダイナミズム (フォーラム共通知をひらく)
(2006/12/15)
瀬名 秀明、橋本 敬、梅田 聡



大人になるというのは,ルールを覚えてそれに適合することなのかもしれない.
1年半の会社勤めを経てそのように思う.「空気を読む」とか「場に合わせる」といってしまうと否定的に聞こえるが,「人の期待通りの行動をとること」ができるようになってきたのを感じるとき,「ちょっと大人になったな」と感じる(それに気づくのが遅すぎた感もあるが...).

もっというと,「プロになる」というのも,そういうことだと思う(野球投手の腕の振りは,マウンドからホームベースまでの距離と,公式球の重さというルールに最適化されているのではないだろうか).スポーツ選手でなくとも,たとえば,プロの書き手というのは,標準的な日本語を使いこなして,その場にふさわしい言葉遣いに「合わせて」文章を書ける人のことだ.

人がもつ能力は,それ単独で存在するのではなく,なにかのルールの上に乗っかっている.
そのルールを脳と身体に覚えこませることが,人として大人になるということなのかも知れない.

しかしその半面,そんなルールを捨て去りたい自分もいる.ルールから敢えて少しはみ出したとき,そのはみ出し方によっては,独創的と呼ばれることもある(町田康の小説のように).「ルール」と言っている以上,それは変更可能であり,しかも変更は結構ひんぱんに起こる(twitterの「なう」はもう死語になりつつあるとか聞く).であるとすれば,僕らが「能力」と呼んでいるものも,ルールの変化とともにダイナミックに変わっていくはずだ.

ルールがダイナミックに変化していくことを前提とした新しい科学をつくろう.
それが,本書『境界知のダイナミズム』のテーマとなっている.

1,3,5章を作家の瀬名秀明氏が,その合間の章を研究者の梅田聡先生(2章),橋本敬先生(4章)の章が書いている.科学,芸術(小説や映画),医学,現代思想,社会学などなど,自身の引き出しからありとあらゆるものを持ち出して縦横無尽に語る瀬名氏の章と,それぞれのフィールド(心理学と言語学)の事例に根ざして解説する梅田・橋本先生のパートが,(なかば強引に?)溶け合っていて,類のない本になっている.

主題となっている「境界知」とは,ルールからはみ出したものに対して「違和感」をもち,そこに境界の存在を感じる能力のことだという.この「境界知」の概念が私には分かりにくく,「ルールのダイナミクス」ということだけを主題にすればもっと明快な本になったのではと思ってしまう.ただ,主客を分けることを前提とした従来の科学に対する新しい科学(研究者自身も研究対象の場に引きずりこまれてしまうような科学)を打ちだそうという野望から,あえて「境界知」という聞きなれない言葉を前面に出したのかもしれないとも思う.ここには,科学者から小説家(文筆家)に転身した瀬名氏の,切実な問題意識(理系vs文系,科学vs芸術のコンフリクト?)が背景にあるような気がして,それはそれでとても興味がある.

橋本先生は「知能を(論理でも物質でもなく)社会にグラウンドしたものとして捉えたい」と書いていた.この「社会へのグラウンド」という表現は,人の能力というものは社会のなかでルールを参照した上でなければ定義できないことを端的に表していて,すごく的を射ていると思った.


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本書の思想は,言語や心理などが,単独で進化してきたのではなく,それを支える社会とともに共進化してきたものとして捉えなおそうというものだ.固定されたキャンバスの上でそこに描かれた対象を語るのではなく,何が描かれるかによってキャンバスそのものも形を変えるという世界観である.

ひとつの疑問が浮かぶ.
社会と言語(あるいは社会と言語と脳の三つ巴?)が互いにフィードバックを及ぼしながら時間発展していく様子を記述しようとした場合,研究者自身はどこに立っていればいいのか?

すべてを見下ろす,「擬似的な神の視点」?
社会からも,脳からも,言語からにも縛られているはずの人間の研究者に,そんな視点に立つことができるのだろうか?

ここであるアナロジーが頭をよぎる.
それは,先日の一般向けのトポロジーのセミナーで聞いた話だ.

「2次元の曲面の性質を特徴づけるのに,それを3次元空間の中に埋め込んで見る必要はない」.

トポロジーの世界では,一つ高い視点を確保しなくても,曲面上の性質だけから,その全体像についての情報が得られるらしい.

この例から,自分の脳・社会・言語に縛られた研究者がその足場を離れることなく全体のダイナミクスを捉える方法もあるのかも?などと妄想する.(このような強引な比喩に飛びついてしまうのも,人間の脳の癖に縛られている証拠なのかもしれないのだけれど...)

「進化言語学」や「進化心理学」には,これから注目していきたい.



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10.12
Sat
今週は5日のウィークデーのうち2日半欠勤した.
その二日半のほとんどは布団の中で過ごし,残りの時間はトイレにいた.
何らかの胃腸炎にかかったらしい.
おそろしいことに体重が3kg近く減った.一年かけて1㎏程度の体重を獲得した努力を思うと,あまりにあっけない.
一過性の体重減であることを祈ろう.そしてこれからは,腸内環境の保守改善に努めよう.

全然関係ないが,『重版出来』という漫画を読んだ.面白かった.
出版社に入社した女の子が,雑誌編集部で頑張るお話なのだが,古き良き出版業界らしいエピソードの中にも,「現代だからこそ」の要素が加わっていて,いい感じだ.







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10.06
Sun
土曜日は「久保記念シンポジウム」へ.
統計物理の父である久保亮五先生の名を冠する,今年で18回目を迎えるというシンポジウム.最初の沙川貴大先生の話だけ聞いてきた.

沙川先生の話のテーマは,「(量子的)情報を含んだ熱力学第二法則」について(正式タイトルは「量子情報と熱力学第二法則」).
量子の部分は難しくてよく分からなかったのだが,「熱力学第二法則を情報を含んだものに拡張できる」という話には,目からうろこが落ちる部分が多かった.

主なストーリーは以下の通り(個人的に理解できた範囲です).

・熱力学第二法則とは,「温度差のないところから,熱的に仕事を取り出すことができない」ことを定めるもので,またの表現は,0≦ΔS
 (全系のエントロピーは常に増大する)
もしくは,自由エネルギーという量を定めることにより,
 (外に取り出せる仕事)≦(系が失った自由エネルギー)
と表せる.
・ところが,ランダムな動きを「情報」を使って整流できるとすると,第二法則が破れたような状況が出来る(これを行うのが,有名なMaxwell's demonだ).もちろん,よく知られたように,情報を処理をするメモリー(コンピュータチップ,あるいはデーモンの頭の中の細胞)を合わせた全系を考えれば,エントロピーは減っていない.
・このような系は,「情報によるフィードバックのある系」とみなすことができ,「系とフィードバックする記憶装置を合わせた全系」に対しては,次の「一般化された熱力学第二法則」が成り立つ.
 (外に取り出せる仕事)≦(系が失った自由エネルギー)+(系が得た情報量)
エントロピーで表せば,
 0≦ΔS(系)+ΔS(記憶装置)
である.

実際の講演では,このあとに,量子系でも同じような考察が可能であるという話が続く(そちらがむしろ本論である)のだが,ここまでの話でも十分に面白かった.

「仕事(エネルギー)」と「情報」の交換可能であるということは,常識の一部だ.
・情報をうまく使うことによって,実際にモノを動かしたりすることができる(例:帆船は,風がどちらからから吹いてくるかの知識を使って,行きたい方向に進める).
・反対に,情報処理には,エネルギーの注入が必要になる(例:糖分を補給しないと思考が鈍る).

しかし沙川先生の講演を聞いて分かったのは,この「仕事⇔情報」の変換が,厳密に定量化出来るようになりつつあるということだった.つまり,
・ある情報をもとに生み出せる仕事の,上限値はいくらか?
・ある情報処理を行うために,必要な最低のエネルギーはいくらか?
などの問題に,理論的な答えが出ているのだ.しかも,それは机上の空論にとどまることなく,ナノスケール技術の進化によって実際にその理論値を実現するような実験も,どんどん出てきているらしい.

仕事と情報が厳密な数式でつながっている,などという話を聞くと,いろんなインスピレーションが沸いてしまう.

たとえば,私の仕事(力学的な仕事ではなく日常語の意味での仕事)は,普段まったく身体を動かさない典型的なホワイトカラー職なのだが,もしかしたら,「情報」を通じて社会に物理的なエネルギーを与えているのかもしれない,とか.逆に,情報は物質界のエネルギー注入で成り立っているということは,情報があれば何でもできる考えがちな現代都会人メンタリティーへの戒めにもなるのでは,とか.

妄想は膨らむ.
ますます高度に情報化する社会では,人間は賢くなり,エネルギーを生み出す(節約する)ことができるだろう.一方,ビッグデータを維持するために投入すべきエネルギーも膨大なものになる.エネルギーと情報の等価変換のバランスは,果たしてどの辺に置くべきなのだろうか.
実は「拡張された第二法則」こそが,人類の行く末を占う基本的な方程式である!?
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