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09.30
Mon

工学部ヒラノ名誉教授の告白 エンジニアが「物書き」になったわけ工学部ヒラノ名誉教授の告白 エンジニアが「物書き」になったわけ
(2013/09/24)
今野浩



「工学部ヒラノ教授」シリーズの最新刊.
著者が筑波大や東工大で勤めてきた経験をもとに,工学部の内幕を面白おかしく,ときには後悔の念(恨み?)をむき出しにして語るシリーズなのだが,今回はヒラノ教授は「名誉教授」となり,一気に今の著者(今野先生)に近づいている.

数年前に大学を退官した著者は,その前から研究から徐々に分筆活動に移っていて,以降ものすごい勢いで本を書いている.今回の「~告白」では,「物書き」の仕事になぜそこまでの力を入れてるようになったのかが明かされる.病床にあった奥さんの闘病の話や,自身の「老い」も一つのテーマになっていて,一人の研究者の自叙伝としても読める.

本屋で立ち読みするだけのつもりが,途中まで読んでなんだかとても感動してしまい,思わず購入.
お元気なうちに,ぜひとも一度お会いしてみたい.

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09.23
Mon
先週の金曜日には,埼玉の理化学研究所へ出かけた.
目的は,理研BSI(脳科学総合研究センター)が主催するセミナ―.
今回は,私も院生時代に多大な影響を受けたGyorgy Buzsaki(ユーリ・ブジャキ)教授が来日し,しかも公開セミナーで話すというので,有給休暇を取って聴きにいった.

Buzsaki教授の研究は,著書:"Rhythms in the brain"(Oxford university press, 2006)に詳しい.彼らのおこなってきた実験は,ごく簡単に説明すると,「生きたネズミの脳(なかでも海馬)の中に電極を刺し,微小電流を測る」というもの.最近は,海馬の中にある場所細胞(place cell)に関する研究を主としているようだ.今回の話の主なテーマも場所細胞だった.

学会などで場所細胞の説明をするとき,発表者が必ず見せる実験の動画がある.黒い画面の中に白く見えているのは,簡単な迷路の中に置かれたラット.そのラットの頭には,電極が挿入され,いくつかの細胞の活動を観測できるようになっている.この動画では,その中の一つの細胞の活動電位を音に変換したサウンドが,迷路の中で走り回るラットの映像に重ねて再生されるようになっている.すると,ラットが迷路上のある場所の近くに来た時にだけ,「パ,パ,パラパラパラ」と,細胞が活発に活動していることを示す音が鳴る.つまり,(海馬のある領域の)この細胞は,空間上のある「場所」に反応して活動しているのだ.音声を別の細胞の音を切り替えると,今度は別の場所で反応する.そのまた隣りはまた別の場所…というふうになっていて,つまり,海馬の中には,外界のマップが形成されているかのようなのだ.

脳の研究者にとって,この動画は掛け値なしにショッキングで興味深い.なぜか?その理由を非専門家の人に説明するとしたら,まずは脳の中で各細胞がどのような情報を担っているのかについて私たちがどれだけ知らないか,を説明する必要があると思う.もちろん,神経細胞にはどんな種類があるかとか,どんな活動をするかとか,どんな遺伝子を発現しているかということについての知識は,ものすごい勢いで増えている.ところが,僕らが一番知りたいこと,つまり,「その神経細胞が,知能(記憶や行動)にどう役に立っているのか」については,ほとんど分かっていない.かろうじて,脳と外界の接点に近い感覚や運動に関係した細胞については,細胞の活動とそれが表現しているであろう情報との間に,かなり明確な関係がつけられている(視覚系でいえば「水平の直線に特異的に反応する細胞」,運動野でいえば「手の筋肉を動かす細胞」が知られている)が,そうした一部の脳部位の細胞を除いて,その細胞の活動が「何を意味しているのか」は,今のところほぼブラックボックスなのだ.

しかし,「場所細胞」が表現しているかのように見えるのは,「空間内の自分の場所」という,一次的な感覚からかなり距離のある概念.そんな細胞が海馬で見つかったことは,画期的だったのだ.…といえば,少しは伝わるだろうか?

場所細胞については,ここ数十年の間,いくつものグループで研究が続けられている.ネズミに限らず,蝙蝠や霊長類にもあることが分かっていて,面白い性質がいくつも見つかっている.場所細胞は,ネズミが歩いているとき以外も,たとえば寝ているときにも活動していて,それは実は歩行のシミュレーションをしているという説がある.また,空間だけでなく,時間をコードしている時間細胞(time cell)としての性質を示す実験結果もある.電気生理学的な現象としては,場所細胞の活動電位のタイミングと,海馬内の脳波(θ波)と興味深い関係性もある(これについてはBuzsaki教授らが勢力的に研究してきた).しかし,場所細胞は,まだまだ謎に包まれたままの部分が多い.何が場所細胞を活動させるのか?本当に場所を「表現」しているのか,場所細胞の発火自体は表層にすぎないのか?場所細胞の解釈は,まだまだ定まっていないのが現状だと思う.

(個人的には,この場所細胞の研究は,神経科学の中でも,最もエキサイティングな分野の一つだと思っている.なぜなら,すべての認知の土台となる「空間」や「時間」が,細胞レベルでどのように処理されているのかを明らかにする可能性をもっているからだ.伝統的に「空間」「時間」を扱ってきた,哲学や心理学などへ重要な(ボトムアップな)示唆を与えることになるんじゃないかという妄想.)

前置きが長くなってしまったが,今回の講演について.
Buzsaki教授は,まず(例の実験動画は見せつつ)「場所細胞」の概要を説明し,そのうえで最近の研究成果とそこから導かれる考察について話した.いくつかメモしておくと

・θ波と発火タイミングの位相前進は,実は,グローバルなθ波より少しだけ周波数の高い周期的発火の重ね合わせにより説明できる.
・場所細胞は,決まった順序(sequence)で発火するが,そのsequenceを生成するメカニズムは抑制細胞であることが,薬理実験によって確証された.
・動物を大きな環境に入れると,一つの細胞が受け持つ空間領域は広がるが,発火のタイミングは変わらない.このことから,動物は,時間的表象は不変に保ったまま,空間的表象の方を伸び縮みさせているのだと考えられる.
・多電極測定で得られたLFPの波形を,独立成分分析(ICA)で分離すると,場所特異的に反応する独立成分が現れる.これは「場所細胞」と似ているが,このいわば「場所成分」の方が,場所に対する選択性がむしろ高い(この話は,個人的に面白かった.具体的にどのようにICAを掛けるのか,聞いてみたかった).

Buzsaki教授は,場所「細胞」の活動よりも,その細胞に入ってくるシナプス入力の方が本質的だと考えていて("spikes are only the tips of the iceberg"とのこと),それを反映した測定としては,むしろLFP測定の方が良いのだ,という立場をとっているようだ.しかし,LFPはあくまでも測定の方便だ考えている点で,細胞外電場が積極的な機能を持っているとするKochや宮川先生とは少し違う考え方のように思えた.

まあ,私は研究者ではないので,そういう細かい話を勉強してもどうなるということでもない.でも,こういう研究の積み重ねの先に,一般の人にも分かる,空間や時間の認知についてのあっと驚く発見があるような予感がある.なので,引き続き注目していきたいと思う.

…Buzsaki教授は,案外,普通のおじさんという感じで,親しみやすそうな方だった.
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09.17
Tue

ホテル・ニューハンプシャー〈上〉 (新潮文庫)ホテル・ニューハンプシャー〈上〉 (新潮文庫)
(1989/10/30)
ジョン・アーヴィング


ジョン・アーヴィングの小説の読むのは「サーカスの息子」以来,2作品目.
本作はアメリカの一家の物語だった.お父さんとお母さんが出会って,兄弟たちが生まれて,皆が大人になるまでの顛末.

「サーカスの息子」と同じく,異様な雰囲気の漂う作品だった.この作家の小説に出てくるキャラクターは変な人間ばかりだ.というか,著者はキャラクターの欠落した部分が執拗に描かれている.そして,まともな人間(すくなくとも著者がそう描いている人物)は,だいたい途中で死ぬ.それも,ショック死とか,爆死とか,飛行機墜落など,変死を遂げる.異様な登場人物たちが,異様な事件に巻き込まれるという,ハチャメチャなお話なのだけれど,ある種の切実なものが伝わってくる.帯の推薦文にあった「生きてていいんだという感じ」という感想が,自分にもしっくりきた.
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09.16
Mon
Yesterday I went to hear a symposium titled "the science of mental time".
It was held by members of newly assembled research project under government funding, which aims to tackle the problem of how time is processed in our minds.

The project intends to integrate researchers from various fields, such as neuroscience, psychology, medicine, linguistics and philosophy. During the five year period, each member will contribute with their own observations and experiments, as essential pieces to draw the big picture.

Hearing yesterday’s talks, I got the impression that the main stream approach to the mystery of mental time seems to be through investigating illusionary phenomena that involve time. In the lectures, several illusions were introduced where the order of events (ex. movement of objects on a screen) are reversed in the mental time. Another example was the phenomenon in which events that happens afterwards affects (changes) the perception the events that happened before hand (such mental processing is called “postdiction”). These are the most obvious evidences that physical time and mental time is different, and such psycho-physical experiments when they are cleverly designed tells us a lot about how time is processed in our minds.

At first, a question like "what is time (to our mind)?" seemed too ambitious (one of the speakers favored the term "grandiose") to consider as a proper research topic. However, my impression was that now scientists are starting to get a fair grip.

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09.05
Thu

Is That a Fish in Your Ear?: Translation and the Meaning of EverythingIs That a Fish in Your Ear?: Translation and the Meaning of Everything
(2011/10/11)
David Bellos



プロの翻訳家でもある著者が,翻訳というものについて綴ったエッセイ.タイトルの"Fish in the ear"は,ある有名なSFに出てくる「耳の中に入れるとどんな言語も瞬時に翻訳してくれる魚」から取っているらしい.

煎じ詰めると,「翻訳」って良く考えてみるとそんなに単純なものじゃないんですよ,という本だった.

「良い翻訳とはなにか」についての誤解がある.
大体において,翻訳というものは評判が悪い.Amazonのレビューを見ると分かるように,翻訳に関する評価は「機械的」「堅苦しい」「不自然」「誤訳」などと総じて厳しく,「原作への"冒涜","裏切り"」などという感情的な表現で語られることも多い.私自身,不遜にも「翻訳がひどかった」など口にすることがある.逆に翻訳家をほめる言葉は,せいぜい「正確」「自然」などに限られる.
翻訳を批判したくなるのは,原文にあった素晴らしい何かが,翻訳では損なわれてしまっているように思うからだろう.何かが"lost in translation"なのだけれど,この本で著者が主張しているのは,何かが損なわれるような気がする原因が,訳が「正しくないから」だというのは誤解だということ.普通の人は「正しい翻訳」と「間違った翻訳」があると思っているが,それは嘘だと著者はいう.

「ある言語で書かれた文章(あるいは発言)を,別の言語の同じ意味の文章(発言)で置き換えること」が翻訳だとしても,「では二つの文章が同じ『意味』をもつとはどういうことか」が問題となる.
A is like B, with respect to C.
AとBの意味が一致しているかどうかは,文脈Cによって決まるということ.だから例えば,同じ物語の中の同じ同じセリフでも,訳す言語によって,あるいは媒体(小説の翻訳なのか映画のサブタイトルなのか)によって訳し方は変わってきたりする.

***********
「へぇ」と思うような,翻訳についての事実も多く盛り込まれていた.
「翻訳家」という職業の認知度が国によって違うというのが面白かった.英語圏では,「翻訳家」の数が圧倒的に少なく,また翻訳家という職業のステータスも,例えば日本に比べて低いらしい.背景にあるのが,翻訳の偏った流通量.当然ながら,ハブ言語として英語は圧倒的で,世界で行われている翻訳の70%は英語から他言語への翻訳で,10%が他言語から英語.(その他の「ドイツ語⇔フランス語」や「日本語⇔中国語」などは残りの20%を占めるに過ぎないらしい.)また,日本では「翻訳」が文化の中で重要な位置をもっていることを反映して,"translation"に対する訳語が,「翻訳」以外にもいっぱいある:誤訳,共訳,直訳,意訳,逐語訳,下訳,拙訳,対訳,超訳など...という指摘も.たしかに,と思った.


一つ残念なのは,翻訳に関する本は翻訳が非常に難しいという,有る意味皮肉な事実.例えば,英語とフランス語の対訳を並べて説明している部分を,日本語に翻訳したら訳が分からなくなってしまうはずだ.最近読んだHofstadterらの”Surfaces and Essenses"も,同じ理由で訳せない本になってしまっていると思う.いや,誰かの手にかかれば訳せるのだろうか.
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