05.06
Wed
人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの (角川EPUB選書)
松尾 豊 http://www.amazon.co.jp/dp/4040800206
日本のAI研究の中心的人物の一人である、東大の松尾豊氏による啓蒙書。今のAIブームの実像と、AIがもたらす将来像について、AI研究の当事者の視点で書かれている。昨今AIについて盛んに言われていることの中には、本質的なものとそうでないものが混在しているが、今回の「第3次AIブーム」の本質と言えるのは、「ディープラーニングが可能にした特徴表現学習」であり、それ以上でも以下でもない、というのがこの本の主なメッセージになっている。学習機械に読み込ませるデータの「特徴量」の選択はこれまで人間の勘と経験で行われてきたが、ディープラーニングはそれを自動化し、そのことがAI技術が利用を大きく広げる可能性がある。未来はどうなるか。SF映画に出てくるような「欲望を持ったAIが暴走する」未来が実現する可能性は非常に低い。一方、「AIが人間の仕事を奪う」については、著者は多分そうなるだろうと言い、具体的にAI技術がいつ頃どの分野に適用されるのかについての見通しを示している(ただ、それは悲観的になるべきことではなく、AI技術は積極的に活用していくべきだ、というのが著者の立場)。
本書に書かれていることは、とても控えめで常識的に思える。しかし、最近のセンセーショナルな言説に慣れてしまった身からすると、それが逆に新鮮に聞こえ、だからこそ貴重な本になっている。「第2次AIブーム」が終わりかけた頃の「AI冬の時代」に研究人生を始めた著者は、「春の時代を喜ばしいと思うと同時に、期待が加熱することを恐れている」という。また、そのために、社会に対する「適切な期待値コントロール」が必要だと思うと。その役割を十全に果たしていると思われる一冊。
***
職業としての「編集者」 片山一行
http://www.amazon.co.jp/dp/4908110018
ビジネス書の名物編集者として知られる(らしい)著者が、ビジネス書編集のハウツーと、編集職についての自身の哲学を語った本。実用書作りのプロだけあって、この本自体「買って読んで良かった」感を大いに得られる本だった。
まず、編集の仕事で実践してみたいと思えることがたくさん書いてあった(「『発注する』という言い方をやめる」「『著者略歴』ではなく『著者紹介』にする」「『前書き』の内容にはとことんこだわる」などなど)。編集者にとっては有り難いハウツー本になっている。
また、実用書についての見方を変えさせる本でもあった。いわゆる「ビジネス書」を含む「実用書」は、本の中では軽くみられがちなジャンルだと思う。しかし、著者も「ビジネス書の編集ができれば、だいたいどの分野の編集も出来る」というように、「本を作る」側からすると、一番難しく、チャレンジングなのは実用書なのだ。企画時の目の付け所、原稿を分かりやすく整える文章力、効果的なコピーライティング、図解力、本のプロモーションなど、すべての面で力量を試される。そして、一番大事(だと私が感じたのは)「読者にとって、本当に役に立つ本を作っているんだ」という気持ちで本を作ること(それがないと、長期的に売れる本には絶対ならない!)。やっぱりそうですよね!と思ってしまった。
***
角川インターネット講座 (6) ユーザーがつくる知のかたち 集合知の深化 西垣 通
http://www.amazon.co.jp/dp/4046538864
西垣通氏、ドミニク・チェン氏、平野啓一郎氏など、多彩な執筆陣による論考集。一応、「インターネットが可能にする集合知のありかた」が共通テーマになっているようなのだが、内容的に一貫したものがあるのかどうかはよくわからなかった。ただ、各論考は個性的で面白かった。とくに「ソーシャルネットワークが人の心をどう変えるか」をテーマにした平野論文が興味深かった。漠然とした印象だが、「情報の哲学」がこれから重要になってくるような気がした。
***
The Fourth Revolution: How the Infosphere is Reshaping Human Reality Luciano Floridi
http://www.amazon.co.jp/dp/B00KB1BRSM
「情報の哲学」をキーワードに検索してみて、出てきたのが著者Floridi氏だったので、近著The Fourth Revolutionを読んでみた。第4の革命というのは、情報通信技術(ICT)のことで、著書はこれをコペルニクスの地動説・ダーウィンの進化論・フロイトの心理学に続く人間理解の大変化として位置づけている。前の三つの革命は、それぞれ人間の自己意識を何らかのかたちで相対化してきたのと同様に、第4の革命は人間を情報圏(infosphere)に生きる1エージェントとしてとらえなすことを迫る。それに従って、現代の哲学もICTの存在をふまえたものに変えなければいけない。理念的な話が多くて、今一つピンとこなかった。もう少し具体的な内容の本があれば読んでみたい。
***
日本語の科学が世界を変える (筑摩選書) 松尾 義之
http://www.amazon.co.jp/dp/4480016139
「日本語で科学することに積極的な意味があるか?」というのは、理工学書の出版に関わる身としては、大変気になる問題だ。本書のタイトルが示す通り、著者は「ある」という。どんな論拠が示されるのだろう、と思ってかなり楽しみにして読んだのだが、実際にはそれほど説得力のある議論がなされてように思えず、少し残念だった。中間子を発見した湯川秀樹、進化の中立説を唱えた木村資生などの例を挙げ、彼らは日本語で考えたからこそ、そのような独特な発想に至ることができたのだという持論を展開している。だが、著者自身「仮説だ」「直観だ」と言っているように、それらの証拠は示されておらず、言語学的・心理学的な議論もない。そういうものを期待してしまう自分としてはもの足りなさを感じてしまった。(その意味では、「日本語」ではなく『日本の科学が世界を変える』という書名なら違和感なく読めたかもしれない。) 一方、著者は科学雑誌の編集などに長く携わってきた人であり、会ってきた研究者の数が桁違いだし、深い洞察をお持ちだと思うので、そういう人の考えを知ることは有意義だとは思った。
蛇足となるが、冒頭の「日本語で科学することに積極的な意味があるか?」という疑問に対しては、個人的胃は「日本語が科学をするのに特に優れているとは思えないが、言語の多様性が科学にメリットになることはありそう」くらいに思う。
***
永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04) 白井 聡
http://www.amazon.co.jp/dp/4778313593
憲法記念日に読んでみた。
前からの素朴な疑問として、「なぜ日本ではいつまでも戦争の話が終わらないのか」(それも、単に「悲惨なことを繰り返してはいけない」ということだけじゃなく、「歴史認識」や「靖国参拝」みたいなことが問題になり続けるのだろうか?)を不思議に思っていた。でも、敢えて知ろうとしてこなかった。
本書を読んで、ことの本質がかなり分かったような気になった。日本人や日本を構成している人々の多くは、心の中で「戦争に負けた」という認識をもっていない(むしろ、地震などの天災に見舞われたのと同じように思っている)こと。そのことで、いつまでも「戦後が終わらない」こと。そのために、「日本が主体的に何かを世界の中でする」という発想が持てないということ。だから、多くのことがアメリカとの間の密約で決まっていたとしても、多くの日本人は「やっぱりそうか」という以外の感想を持たないこと。一面的なのかもしれないが、腑に落ちる説明だった。
正直、本書を読んだ上でも「日本がこれからどうするか」というようなことにあまり関心が持てない。それでも、この本を読んでよかったとのは、自分個人の中にもきっと「永続敗戦」のメンタリティがあって、それにあらかじめ気づくことは大事かもしれないと思ったから。たとえば、外国人と話すときに、戦争とか紛争とかの話題になったとして、そういうときに、国際情勢とは関係ないニュートラルな存在としてどこか「日本人である自分」を捉えてはいないだろうか? そんな気分で居続けて、いつかある日、アメリカが日本を見捨てる(自国民の利益を高めるための判断として当然そういう判断もあり得る、と本書には書いてある)ことになったとき、日本人がどれくらい混乱するか(そして凶暴になるか?)を想像すると恐ろしい。本書を読んで、そのあたりやっぱり少し考えた方がいいかもと思った。
***
サラバ! 上・下 西 加奈子
http://www.amazon.co.jp/dp/409386392X
すごく良かった。なんというか、世界文学の読後感だった。しかも、知らない国の遠い時代の文学ではなく、「今を生きる」「日本人のための」世界文学。こんな作品が読めることが嬉しい。
冷静な観察者であった語り手の「僕」が、主役に躍り出る瞬間は圧巻だった。
松尾 豊 http://www.amazon.co.jp/dp/4040800206
日本のAI研究の中心的人物の一人である、東大の松尾豊氏による啓蒙書。今のAIブームの実像と、AIがもたらす将来像について、AI研究の当事者の視点で書かれている。昨今AIについて盛んに言われていることの中には、本質的なものとそうでないものが混在しているが、今回の「第3次AIブーム」の本質と言えるのは、「ディープラーニングが可能にした特徴表現学習」であり、それ以上でも以下でもない、というのがこの本の主なメッセージになっている。学習機械に読み込ませるデータの「特徴量」の選択はこれまで人間の勘と経験で行われてきたが、ディープラーニングはそれを自動化し、そのことがAI技術が利用を大きく広げる可能性がある。未来はどうなるか。SF映画に出てくるような「欲望を持ったAIが暴走する」未来が実現する可能性は非常に低い。一方、「AIが人間の仕事を奪う」については、著者は多分そうなるだろうと言い、具体的にAI技術がいつ頃どの分野に適用されるのかについての見通しを示している(ただ、それは悲観的になるべきことではなく、AI技術は積極的に活用していくべきだ、というのが著者の立場)。
本書に書かれていることは、とても控えめで常識的に思える。しかし、最近のセンセーショナルな言説に慣れてしまった身からすると、それが逆に新鮮に聞こえ、だからこそ貴重な本になっている。「第2次AIブーム」が終わりかけた頃の「AI冬の時代」に研究人生を始めた著者は、「春の時代を喜ばしいと思うと同時に、期待が加熱することを恐れている」という。また、そのために、社会に対する「適切な期待値コントロール」が必要だと思うと。その役割を十全に果たしていると思われる一冊。
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職業としての「編集者」 片山一行
http://www.amazon.co.jp/dp/4908110018
ビジネス書の名物編集者として知られる(らしい)著者が、ビジネス書編集のハウツーと、編集職についての自身の哲学を語った本。実用書作りのプロだけあって、この本自体「買って読んで良かった」感を大いに得られる本だった。
まず、編集の仕事で実践してみたいと思えることがたくさん書いてあった(「『発注する』という言い方をやめる」「『著者略歴』ではなく『著者紹介』にする」「『前書き』の内容にはとことんこだわる」などなど)。編集者にとっては有り難いハウツー本になっている。
また、実用書についての見方を変えさせる本でもあった。いわゆる「ビジネス書」を含む「実用書」は、本の中では軽くみられがちなジャンルだと思う。しかし、著者も「ビジネス書の編集ができれば、だいたいどの分野の編集も出来る」というように、「本を作る」側からすると、一番難しく、チャレンジングなのは実用書なのだ。企画時の目の付け所、原稿を分かりやすく整える文章力、効果的なコピーライティング、図解力、本のプロモーションなど、すべての面で力量を試される。そして、一番大事(だと私が感じたのは)「読者にとって、本当に役に立つ本を作っているんだ」という気持ちで本を作ること(それがないと、長期的に売れる本には絶対ならない!)。やっぱりそうですよね!と思ってしまった。
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角川インターネット講座 (6) ユーザーがつくる知のかたち 集合知の深化 西垣 通
http://www.amazon.co.jp/dp/4046538864
西垣通氏、ドミニク・チェン氏、平野啓一郎氏など、多彩な執筆陣による論考集。一応、「インターネットが可能にする集合知のありかた」が共通テーマになっているようなのだが、内容的に一貫したものがあるのかどうかはよくわからなかった。ただ、各論考は個性的で面白かった。とくに「ソーシャルネットワークが人の心をどう変えるか」をテーマにした平野論文が興味深かった。漠然とした印象だが、「情報の哲学」がこれから重要になってくるような気がした。
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The Fourth Revolution: How the Infosphere is Reshaping Human Reality Luciano Floridi
http://www.amazon.co.jp/dp/B00KB1BRSM
「情報の哲学」をキーワードに検索してみて、出てきたのが著者Floridi氏だったので、近著The Fourth Revolutionを読んでみた。第4の革命というのは、情報通信技術(ICT)のことで、著書はこれをコペルニクスの地動説・ダーウィンの進化論・フロイトの心理学に続く人間理解の大変化として位置づけている。前の三つの革命は、それぞれ人間の自己意識を何らかのかたちで相対化してきたのと同様に、第4の革命は人間を情報圏(infosphere)に生きる1エージェントとしてとらえなすことを迫る。それに従って、現代の哲学もICTの存在をふまえたものに変えなければいけない。理念的な話が多くて、今一つピンとこなかった。もう少し具体的な内容の本があれば読んでみたい。
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日本語の科学が世界を変える (筑摩選書) 松尾 義之
http://www.amazon.co.jp/dp/4480016139
「日本語で科学することに積極的な意味があるか?」というのは、理工学書の出版に関わる身としては、大変気になる問題だ。本書のタイトルが示す通り、著者は「ある」という。どんな論拠が示されるのだろう、と思ってかなり楽しみにして読んだのだが、実際にはそれほど説得力のある議論がなされてように思えず、少し残念だった。中間子を発見した湯川秀樹、進化の中立説を唱えた木村資生などの例を挙げ、彼らは日本語で考えたからこそ、そのような独特な発想に至ることができたのだという持論を展開している。だが、著者自身「仮説だ」「直観だ」と言っているように、それらの証拠は示されておらず、言語学的・心理学的な議論もない。そういうものを期待してしまう自分としてはもの足りなさを感じてしまった。(その意味では、「日本語」ではなく『日本の科学が世界を変える』という書名なら違和感なく読めたかもしれない。) 一方、著者は科学雑誌の編集などに長く携わってきた人であり、会ってきた研究者の数が桁違いだし、深い洞察をお持ちだと思うので、そういう人の考えを知ることは有意義だとは思った。
蛇足となるが、冒頭の「日本語で科学することに積極的な意味があるか?」という疑問に対しては、個人的胃は「日本語が科学をするのに特に優れているとは思えないが、言語の多様性が科学にメリットになることはありそう」くらいに思う。
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永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04) 白井 聡
http://www.amazon.co.jp/dp/4778313593
憲法記念日に読んでみた。
前からの素朴な疑問として、「なぜ日本ではいつまでも戦争の話が終わらないのか」(それも、単に「悲惨なことを繰り返してはいけない」ということだけじゃなく、「歴史認識」や「靖国参拝」みたいなことが問題になり続けるのだろうか?)を不思議に思っていた。でも、敢えて知ろうとしてこなかった。
本書を読んで、ことの本質がかなり分かったような気になった。日本人や日本を構成している人々の多くは、心の中で「戦争に負けた」という認識をもっていない(むしろ、地震などの天災に見舞われたのと同じように思っている)こと。そのことで、いつまでも「戦後が終わらない」こと。そのために、「日本が主体的に何かを世界の中でする」という発想が持てないということ。だから、多くのことがアメリカとの間の密約で決まっていたとしても、多くの日本人は「やっぱりそうか」という以外の感想を持たないこと。一面的なのかもしれないが、腑に落ちる説明だった。
正直、本書を読んだ上でも「日本がこれからどうするか」というようなことにあまり関心が持てない。それでも、この本を読んでよかったとのは、自分個人の中にもきっと「永続敗戦」のメンタリティがあって、それにあらかじめ気づくことは大事かもしれないと思ったから。たとえば、外国人と話すときに、戦争とか紛争とかの話題になったとして、そういうときに、国際情勢とは関係ないニュートラルな存在としてどこか「日本人である自分」を捉えてはいないだろうか? そんな気分で居続けて、いつかある日、アメリカが日本を見捨てる(自国民の利益を高めるための判断として当然そういう判断もあり得る、と本書には書いてある)ことになったとき、日本人がどれくらい混乱するか(そして凶暴になるか?)を想像すると恐ろしい。本書を読んで、そのあたりやっぱり少し考えた方がいいかもと思った。
***
サラバ! 上・下 西 加奈子
http://www.amazon.co.jp/dp/409386392X
すごく良かった。なんというか、世界文学の読後感だった。しかも、知らない国の遠い時代の文学ではなく、「今を生きる」「日本人のための」世界文学。こんな作品が読めることが嬉しい。
冷静な観察者であった語り手の「僕」が、主役に躍り出る瞬間は圧巻だった。
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02.19
Thu
![]() | Tales from Both Sides of the Brain (Enhanced Edition): A Life in Neuroscience (2015/02/24) Michael S. Gazzaniga |
今日の神経科学を代表する研究者の一人であるマイケル・ガザニガが,自身の研究人生を振り返る回顧録.
ガザニガさんが行ってきた分離脳研究の話題を中心に書かれている.分離能というのは,右脳と左脳が切り離された状態の脳のこと.てんかんの発作を抑えるために両脳をつなぐ脳梁を切断するという治療がある.(驚くことに)治療後も支障なく生活できるのだが,この分離された右脳と左脳は,別々に考えているのかということが大問題となる.実際,右脳の情報は左脳に共有されていない(逆も然り)らしいということを,ガザにガさんらの実験は明らかにしていく.また,右脳と左脳では得意とする機能が違うということや,右脳と左脳が別々に認識・判断しているにもかかわらず患者本人はそのことに違和感を覚えていないことなど,人間の脳の動作や意識の成り立ちについて分離脳の研究はものすごく大きな示唆を与えてくれる.本書では,著者らがそうした疑問をひとつひとつ解決していった経緯が,時系列で描かれる.
本書のもう一つの見所は,著者の研究者コミュニティの中での交友関係について知ることが出来る点だった.ガザニガさんの最初の師匠,ロジャー・スペリーをはじめ,クリック,ミルナー,リゾラッティ,ルドゥーなどなど,神経科学関係で思いつくビッグネームたちは,皆なんらかの形でガザニガさんと関わっていたことが分かる.奥さんがジャーナルの編集長をしていたり,娘たちも科学者になっていたりと,華麗なる科学者一家ぶりにも驚いた.また,分離脳の実験の様子をWebで公開しているのだが,それを見ると患者たち(J.W. などとイニシャルで言及される人々)と親しげに話したりしているのが印象的だった.そうした人間的魅力も,科学分野を新しく作り出すような研究者に必要な資質なのだろうと思わされた.
著者によると,シンプルな実験で分かる事実(“low hanging fruits”)はほぼ摘まれてしまったものの,分離脳研究が脳について明らかにしたのはまだまだほんのわずかだとのこと.これからは,単純なパラダイム(右脳はこれ,左脳はこれというような考え方)を乗り越えて,制御とかシステム論的な見方を採用していく必要があるだろうというようなことを言っている.(研究暦30年の大御所がそういうことを言ってくれると重みがあるし,ワクワクする.)
脳研究の歴史の,教科書・科学書には書かれていない一面を教えてくれる一冊.脳研究に少しでも興味がある人にはおすすめです.
01.06
Tue
年末年始は,コンピュータの歴史にまつわる三冊の本を読んだ.
一冊目は,アラン・チューリングの伝記.
チューリングについての伝記や論文集は最近では多く出ているが,なかでも最初期に出たのがこのHodges著らしい.初版は1983年に出ている.それ以前は,チューリングの業績の多くが軍事機密だったため,ほとんど資料がなかったということのようだ.今年3月公開の映画の原作にもなっているそうなので,これを読んでみた.とにかく情報量が多くて,しかも凝った英語で書いてあるので,読み通すのに20時間くらいかかった.(今回Kindleで読んだのだが,書店で実物を見かけたときにその分厚さに驚いた.紙版を最初に見たら,読み始める気にはならなかったかもしれない.分厚さに尻込みせずにすむのも電子書籍の効用といえるだろうか?).
チューリングの業績としては,ざっくりと①数学基礎論における決定問題の解,②エニグマ暗号の解読,③人工知能の構想,④数理生物学,が挙げられると思う.①,③,④は,それぞれ「チューリングマシン」「チューリングテスト」「チューリングパターン」という彼の名がついた概念に集約される業績だ.チューリングという人は,とにかくアイディアを掘り下げていく根気がすさまじい.どの研究でも,単なるアイディアに終わらせずに,世界を変えるような発明にまで推し進めている.
この本では,チューリングがそうした業績を残したさなかにどんな生活をし,どんな時代を生きていたかを克明に描いている.不思議だったのだが,ここまでチューリングのことを詳しく調べても,その内面は意外なほどに伝わってこなかったことだった.たとえば,青年時代に親友をなくしたチューリングは,直後に書いた手紙の中で,親友の精神(spirit)の存在をリアルに感じると言っていて,それをきっかけに「心とはなにか」という問題に,生涯の研究に取り組んだ.それで,知能を持つ機械(intelligent machine)を構想していくわけだが,しかしチューリングは,本当のところ,知能機械と,“精神”のあいだにどのように折り合いをつけていたのだろうか? 大変興味をそそられる点だが,そこは本にははっきりと書かれていない.それにも増して重大な謎は,「どうしてチューリングは死んだのか」ということだろう.この本では,彼の死に至る経緯,時代背景,彼が受けていた社会的プレッシャー(とくに同性愛をめぐる事柄)などが非常に詳しく書かれているのだが,肝心の「なぜ死んだのか」については,著者も推測を避けている.チューリングがあまり社交的ではなく,内面が分かりにくい人物だったということもあるかもしれない.もしかしたら,これらのことは,本人にすら本当は分からないことなのかもしれない.誰よりも深く「心」について考察していたチューリングの理解よりも,彼自身の心の方が複雑だったということだろうか.
帯の宣伝文には「ド文系でも読める進化史」とある.一昨年から,たびたび本屋で見かけていたが,素通りしてきた本.コンピュータの歴史について気になりだしてみると,今の自分にとってちょうど良い本に見えてきた.コンパクトだし,タイトル・装丁もいいし,なにより山形浩生さんが訳している.(こういう風に本をプロデュースするのが,良い編集者の仕事なんだろうなあと思う.)
この本を読むと,コンピューティングの歴史が,決して「理想のコンピュータの実現するために技術が進歩してきた」というわけではないということが分かる.統計情報の管理のための「パンチカード」がコンピュータの原型になったことや,学術論文のハイパーリンクのアイディアがインターネットの発明につながったことなどが示すように,コンピュータの技術の進歩は,もっぱら歴史の偶然によっている(もちろん,その中で理想の「万能コンピュータ」を提示したチューリングの論文は,コンピューティングの歴史に燦然と輝く例外だったわけだけれども).そのように一筋縄では捉えがたい技術史を,この本では,「アナログ情報のデジタル化」「半導体素子の高度化」「さまざま技術の収斂」「マン・マシン・インターフェースの革新」の4つの軸によって理解しようとしている.この4要素による説明は分かりやすかった.訳者の山形氏は,あとがきにて,4つのうちの「さまざま技術の収斂」と「マン・マシン・インターフェースの革新」はまだまだ不完全であり,今後のIT技術の進歩はこの2軸でよく理解できるだろう,ということを書いていた.なるほど,と思った.
3冊目は量子コンピュータの本.前半では,チューリング・ノイマン・シャノンらを紹介しながら,古典的なコンピューティングを振り返る.その後,話題は量子力学に移り,ファインマンやベルといった,量子力学の解釈に重要な貢献をした人々が登場する.そして,ドイチェという人が量子コンピュータを構想し,現在,量子コンピュータの実現に向けた研究がどこまで来ているかを紹介する.正直,後半の量子計算の議論や,とくに量子コンピュータと「量子力学の多世界解釈」を結びつけた議論は自分には理解できなかった.注意深く読めばよかったのかもしれないが,できればもう少しやさしく書いてほしかった.
この本を読んでの一番の収穫は,量子コンピュータのアイディアが初めて登場した経緯を知れたことだった.デイビッド・ドイチェは,量子力学の局在性・実在性をめぐる問題を解くために,理論的道具立てとして,「量子コンピュータ」を考案したのだという.これは,チューリングがヒルベルトの問題を解く数学的道具として「チューリングマシン」を考案したのとまったくパラレルになっていて,大変興味深い.チューリング以降に実現した「古典的コンピュータ」と同じような歴史を,量子コンピュータもたどることになるのだろうか.最近では,IBMやGoogleも量子コンピュータの研究に乗り出しているらしいので,近いうちに本当にそうなるかもしれない.
![]() | Alan Turing: The Enigma: The Book That Inspired the Film The Imitation Game (2014/11/19) Andrew Hodges |
一冊目は,アラン・チューリングの伝記.
チューリングについての伝記や論文集は最近では多く出ているが,なかでも最初期に出たのがこのHodges著らしい.初版は1983年に出ている.それ以前は,チューリングの業績の多くが軍事機密だったため,ほとんど資料がなかったということのようだ.今年3月公開の映画の原作にもなっているそうなので,これを読んでみた.とにかく情報量が多くて,しかも凝った英語で書いてあるので,読み通すのに20時間くらいかかった.(今回Kindleで読んだのだが,書店で実物を見かけたときにその分厚さに驚いた.紙版を最初に見たら,読み始める気にはならなかったかもしれない.分厚さに尻込みせずにすむのも電子書籍の効用といえるだろうか?).
チューリングの業績としては,ざっくりと①数学基礎論における決定問題の解,②エニグマ暗号の解読,③人工知能の構想,④数理生物学,が挙げられると思う.①,③,④は,それぞれ「チューリングマシン」「チューリングテスト」「チューリングパターン」という彼の名がついた概念に集約される業績だ.チューリングという人は,とにかくアイディアを掘り下げていく根気がすさまじい.どの研究でも,単なるアイディアに終わらせずに,世界を変えるような発明にまで推し進めている.
この本では,チューリングがそうした業績を残したさなかにどんな生活をし,どんな時代を生きていたかを克明に描いている.不思議だったのだが,ここまでチューリングのことを詳しく調べても,その内面は意外なほどに伝わってこなかったことだった.たとえば,青年時代に親友をなくしたチューリングは,直後に書いた手紙の中で,親友の精神(spirit)の存在をリアルに感じると言っていて,それをきっかけに「心とはなにか」という問題に,生涯の研究に取り組んだ.それで,知能を持つ機械(intelligent machine)を構想していくわけだが,しかしチューリングは,本当のところ,知能機械と,“精神”のあいだにどのように折り合いをつけていたのだろうか? 大変興味をそそられる点だが,そこは本にははっきりと書かれていない.それにも増して重大な謎は,「どうしてチューリングは死んだのか」ということだろう.この本では,彼の死に至る経緯,時代背景,彼が受けていた社会的プレッシャー(とくに同性愛をめぐる事柄)などが非常に詳しく書かれているのだが,肝心の「なぜ死んだのか」については,著者も推測を避けている.チューリングがあまり社交的ではなく,内面が分かりにくい人物だったということもあるかもしれない.もしかしたら,これらのことは,本人にすら本当は分からないことなのかもしれない.誰よりも深く「心」について考察していたチューリングの理解よりも,彼自身の心の方が複雑だったということだろうか.
![]() | コンピュータって: 機械式計算機からスマホまで (2013/11/22) ポール・E. セルージ |
帯の宣伝文には「ド文系でも読める進化史」とある.一昨年から,たびたび本屋で見かけていたが,素通りしてきた本.コンピュータの歴史について気になりだしてみると,今の自分にとってちょうど良い本に見えてきた.コンパクトだし,タイトル・装丁もいいし,なにより山形浩生さんが訳している.(こういう風に本をプロデュースするのが,良い編集者の仕事なんだろうなあと思う.)
この本を読むと,コンピューティングの歴史が,決して「理想のコンピュータの実現するために技術が進歩してきた」というわけではないということが分かる.統計情報の管理のための「パンチカード」がコンピュータの原型になったことや,学術論文のハイパーリンクのアイディアがインターネットの発明につながったことなどが示すように,コンピュータの技術の進歩は,もっぱら歴史の偶然によっている(もちろん,その中で理想の「万能コンピュータ」を提示したチューリングの論文は,コンピューティングの歴史に燦然と輝く例外だったわけだけれども).そのように一筋縄では捉えがたい技術史を,この本では,「アナログ情報のデジタル化」「半導体素子の高度化」「さまざま技術の収斂」「マン・マシン・インターフェースの革新」の4つの軸によって理解しようとしている.この4要素による説明は分かりやすかった.訳者の山形氏は,あとがきにて,4つのうちの「さまざま技術の収斂」と「マン・マシン・インターフェースの革新」はまだまだ不完全であり,今後のIT技術の進歩はこの2軸でよく理解できるだろう,ということを書いていた.なるほど,と思った.
![]() | シュレーディンガーの猫、量子コンピュータになる。 (2014/03/20) ジョン・グリビン |
3冊目は量子コンピュータの本.前半では,チューリング・ノイマン・シャノンらを紹介しながら,古典的なコンピューティングを振り返る.その後,話題は量子力学に移り,ファインマンやベルといった,量子力学の解釈に重要な貢献をした人々が登場する.そして,ドイチェという人が量子コンピュータを構想し,現在,量子コンピュータの実現に向けた研究がどこまで来ているかを紹介する.正直,後半の量子計算の議論や,とくに量子コンピュータと「量子力学の多世界解釈」を結びつけた議論は自分には理解できなかった.注意深く読めばよかったのかもしれないが,できればもう少しやさしく書いてほしかった.
この本を読んでの一番の収穫は,量子コンピュータのアイディアが初めて登場した経緯を知れたことだった.デイビッド・ドイチェは,量子力学の局在性・実在性をめぐる問題を解くために,理論的道具立てとして,「量子コンピュータ」を考案したのだという.これは,チューリングがヒルベルトの問題を解く数学的道具として「チューリングマシン」を考案したのとまったくパラレルになっていて,大変興味深い.チューリング以降に実現した「古典的コンピュータ」と同じような歴史を,量子コンピュータもたどることになるのだろうか.最近では,IBMやGoogleも量子コンピュータの研究に乗り出しているらしいので,近いうちに本当にそうなるかもしれない.
![]() | 体の知性を取り戻す 講談社現代新書 (2014/09/26) 尹雄大 |
若手のライターである著者が,「体の動かし方」について考えてきたことを綴った本.著者は,武道を通して体についての考えを深めてきたそうだが,武道をやっていない・やるつもりもない人にも役立つ(身につまされる)内容だった.私も,「体をおろそかにしている」という感覚はずっとあった(思うように体が動かない・ぎこちない動作しかできない・姿勢が悪いと言われる,など.ストレッチをしたり,筋トレをしたり,整体にいってみたりしているが,なかなか改善しない).ぎこちない体が出来上がってしまう背景には,小さいときからの教育とか,社会的な圧力があるという.そういう風には考えたことがなかったので,なるほどと思った.あと,この本を読んでから,駅で電車を待っているときに周りの人を観察して,「あの人は体がこわばっているな」とか「あの人はいい感じに力が抜けているな」とか思うようになった.
![]() | 自分の頭と身体で考える (PHP文庫) (2002/02) 養老 孟司、甲野 善紀 他 |
養老孟司氏と甲野善紀氏の対談録.二人とも,普通の人とは違ったふうに世の中を見ている人で,それだけに呼吸が合っていた.古武術の研究している甲野氏は,常識では考えられないような動きができるそうなのだが,少しでも科学を知っていると思っている人の多くは,甲野氏の話を聞いて「そんなのは科学的に有り得ない」と言ったりするらしい.ところが,科学を誰よりも知っているはずの養老先生は,甲野氏の言っていることを普通の科学者よりずっと柔軟に受け止めている(「筋収縮のメカニズムは僕にはさっぱり分からない」とかいっている).……「無知の知」という言葉が思い浮かんだ.
![]() | 動きが心をつくる 身体心理学への招待 講談社現代新書 (2012/09/28) 春木豊 |
(勝手に)身体シリーズの三冊目.心と体は一つのものだというのは,ある意味あたりまえだけど忘れがちなことだが,それを「身体心理学」という学問の立場から解説している.心と身体のつながりが一番強く現れるのは,「考えなくても身体が勝手する動き」と「完全に意識的な動き」のちょうど狭間にあるような動きだという.たとえば,呼吸・歩行・姿勢・対人距離・筋緊張など.呼吸法,歩き方など心を整えるためエクササイズの解説もあった.
![]() | 億男 (2014/10/15) 川村元気 |
「王様のブランチ」で紹介されているのをみて購入.宝くじに当たった主人公が,そのお金が自分をどう変えてしまうかについて悩むというストーリーだが,宝くじに当たらなくても,貯金が少し貯まり始めた20代後半の人には結構リアルに感じられる部分があるように思った.
![]() | クラウドからAIへ (2013/07/18) 小林 雅一 |
なぜ今,「人工知能」ブームなのか.グーグルやフェイスブックは何がしたいのか.1950年ころからの人工知能研究の流れ(盛り上がりと廃れ)も振り返りながら,ものすごく明快に説明している.ここ1,2年で見聞きしていたことが,この本を読んで一つの絵に収まるような感覚が得られた.
やっぱり,歴史を知ることは大事だと痛感した.たとえば,「第2次人工知能ブーム」の頃に,エキスパートシステムを扱う専門家として「ナレッジ・エンジニア」という職種がもてはやされたということがこの本に出てくる.そんなことは全然知らなかった.ところで,「ナレッジ・エンジニア」はエキスパートシステムの衰退とともに消滅したとのこと.いまの「データサイエンティスト」の今後を連想してしまったのだけど,どうなんだろう...
![]() | アカマイ―知られざるインターネットの巨人 (角川EPUB選書) (2014/08) 小川 晃通 |
アカマイ(Akamai)という,インターネットのインフラを担う一企業に焦点を当て,その成り立ちやサービス内容を解説することを通してインターネットの仕組みを解説するという本.とても分かりやすかった.なんというか,すごく眼のつけどころが素晴らしい本だと思った.最近,ドワンゴ=角川が出している情報技術についての出版物は要チェックだ.
アカマイを創業したレイトンという人は,もともとMITの応用数学の教授で,自身が考えたアルゴリズムがインターネットのトラフィックを効率化できることに気づいて,1996年に起業したらしい.1人の学者のアイディアから,こんな短期間にインターネットのインフラを支える大企業が出来上がったとは驚きだ.
![]() | 本は死なない Amazonキンドル開発者が語る「読書の未来」 (2014/06/20) ジェイソン・マーコスキー |
AmazonでKindleを開発した著者が「本の未来」について書いた本.実は原題は"Burning the page"で,著者のスタンスも「今後は紙の本は無くなっていくだろう」というものだった(邦題が逆の意味になっているのは,講談社の意向か.ただ,電子書籍として本は「生き残る」という主張なので,ある意味では間違ってない).しかし驚いたのは,このマーコスキーという人,ものすごく本好きな人だということ.システム開発の専門家であるだけでなく,小説を書いていたこともあるような人らしい.電子書籍の開発にも,ものすごく読書体験の質に気を使っていることが伝わってきた.
この本を読んだあと,早速Kindle端末を購入した.
![]() | 理不尽な進化 :遺伝子と運のあいだ (2014/10/25) 吉川 浩満 |
この本のすごいところを自分なりに一言でいうと,「なぜ文系と理系の学問があるのか,に答えが与えられているということ」.今後,重要な本になりそう.また改めて感想を書いてみたい.
10.13
Mon
![]() | The Sense of Style (2014/09/30) Steven Pinker |
スティーブン・ピンカーによる文章論・作文ガイド.
副題は"The Thinking Person’s Guide to Writing in the 21st Century".
「これまでにも,たくさんの文章論・作文ガイドは存在したが,
多くは偉い人が「こう書くべき」という手本を示すというものだった.
でも,現代の読者はそんな上から目線のガイド本に満足するか?
これだけ科学的な考え方が浸透したのだから,「良い書き方」にも根拠を与えるべきじゃないか.」
ということで,専門の言語学や心理学の知見も動員して,21世紀の書き手にむけた新しい作文の指南書を書いたのだという.
●書き方に気をつけるべき理由
ピンカーさんのアドバイスは『理科系の作文技術』(木下是雄 著)と重なるものも多かったが,違う点もあった.一つは,文章は必ずしも簡潔でなくてもいいといっていることだった.
I don't equate these virtues (clarity and coherence) with plain words, austere expression and formal style. You can write with clarity and with flair too. (序文より)
書き方(style)に気をつけて文章を書かなくてはいけない理由は
・正確に伝える.
・読者の信頼を得る.
・読む楽しみを与える.
ことだ.必ずしも「簡潔」でなくていいというのは,上記3番目の理由のためだ.
●書くとは・構文とは
「書くことは不自然である」.
話すことと違って,書くことは人間にそなわった基本的な能力ではない.まして,心の中で,紙に書き起こせるような文章が浮かんでくるわけでもない.
心のなかにはばらばらに考えが浮かぶのに対して,アウトプットとしての文章は,単語の配列(string).だから,文章を書くことは,心に浮かぶ概念のネットワーク(Web)を,単語の配列へ変換する操作なのである.
変換のための装置がシンタックス(構文論)とよばれるもので,それを意識しながら書けば,ひとまず正しい文が書ける.
ただし,正しいツリー構造には無数の解があるから,いかに読者の認知的負荷を下げるように語を並べるかが,書き手の頭の使いどころになる.
●まずい文章を書いてしまう原因・その治療法
まずい文章を書いてしまう一番の原因が”The Curse of knowledge”である.
つまり,自分が知っていることを読者も知っていると想定してしまうことだ.Curse of knowledgeから逃れるためには,とにかく他の人に読んでもらうこと,そして,(時間を置いて)自分に読ませることが重要である.
まずい文章のもう一つの原因は,自分のいる業界(アカデミア・役所・法文書・会社など)の書き方にとらわれてしまうということだ.そうならないために一番有効なのは,クラシック・スタイル(Classic style)を意識することだという.
クラシック・スタイルとは,これは,ThomasとTurnerという人たちの本で提唱されたもので,読者に「見せる」ように書く書き方である.
クラシック・スタイルは,
・読み手の五感にじかに訴えかける.
・読み手には書き手と同じ理解力があることを前提にする. (→読み手は,書き手が見ていることことをまだ見ていないだけ)
・書き手の自意識を出さない.
・書き手の迷いを出さない.(→実際には迷いがあったとしても,内容に自信を持っているというお約束のもとで書く)
リチャード・ドーキンスやブライアン・グリーンなどの一流の書き手は皆,クラシック・スタイルを使い手でもあるのだそうだ.
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その他,文章の構成の仕方から,単語の選び方,カンマの打ち方,whoとwhomの違い,仮定法の考え方などなど,役に立つアドバイスも盛りだくさん.(そしてもちろん,単に「だめだからだめ」という書き方ではなくて,「なぜ」の部分がちゃんと書かれている).
仕事柄,日々大量の文章を読むが,決して「こりゃ上手くないな」と思ってしまうものも少なくない.けれど,「どこが?」と聞かれると困る.「だって読みにくいでしょう」としかいえない自分.会社の上司は「読者のほうを向いていない文章」という表現を使ったりする.
本書は,文章のどこが「読者のほうを向いていない」のか(あるいは端的に「まずい」のか)について,たくさんの語彙を用意してくれていて,編集者にとってはまさに助け舟.
もちろん書き手にとっても,重宝される本になると思う.
というか,一読者として,文章を書く人に読んでほしい.
ペーパーバック版で買い直してもいいかも.